Act35. 勇気を出してお誘いしちゃう?

「うわー。すごいっ! やったね、夏陽」

 食べかけのポッキーをかじるのも忘れて聞き入った嬉しい報告に、あたしは手をたたいた。

 休日の今日の勉強会は、親友の家にて。

 知らせたいことがあるとスマホで連絡してきた夏陽の家へ、急遽馳せ参じてきたのだった。

 小雪ちゃんにプレゼントされたと噂になっていた正真くんのマフラーが、まさか夏陽とおそろいに買ったものだったなんて。

 それよりなにより、もとの噴き出す温泉のようなテンションを夏陽が取り戻してくれたことが、すごく嬉しい。

「ここまできたらもう両想い確実だね!」

「そ、そうかな……」

 ガラステーブルの奥、夏陽は傍らにあったこぶたのクッションをむぎゅっと顔におしつけると、うーと幸せの唸り声を上げる。

「花乃が藤波くんに発破かけてくれたおかげ」

 え、なぜそれを知っている?

 さては藤波くん、話したな……。

「もつべきものはおせっかいな親友だよー」

 嬉しいのはわかったけど、そのクッションお気に入りなんでしょ、汚れるよ。

「でも、なんか、ちょっとだけ不安なんだよね」

 そう言うと、クッションから、ひょこっと、黒い目を出しながら、夏陽が言う。

 え?

 あんなラブラブシーンを演じておいて、いったいなにが不満なのだろう。

 そう言うと、だって、と夏陽は唇をとがらせた。

「正式につきあおうとか、言われたわけじゃないもん」

 ふーーむ。そうか。

「だけどさ、おそろいのマフラーもらって、ほかの女性タレントとの関係を、『きみにだけは誤解されたくない』とか言われて」

「いやーっ、やめて花乃恥ずかしい~」

 今さっき自分がモノマネ付きで再現したくせに。

「そんなことがあったら当然つきあってることになろうかと思うんだけど」

 夏陽はクッションをぎゅーっと抱きしめて、首を横に振った。

「だめだよ。やっぱりちゃんとそこはつきあおうって、言われないと」

 夏陽の瞳が切なげに揺れている。

 そういうものなのか。

 これが小説だったら、どっか適当な箇所に「オレとつきあってくれ」とか「きみをカノジョにしたい」って一行付け加えるだけでいいのに。

 こういうことがあるから恋愛ってむずかしい……らしい。

「そう言う花乃はどうなの?」

「むへ?」

 すすっていたジュースのストローが口から滑り出る。

 あたし?

「純くんとなんかあるんじゃないのー?」

「うーん」

 無意識に、視線がテーブルへと下がる。

 ご期待に添えずもうしわけないけれど、それはなさそうだ。

 スマホで、すでに純からメッセージを受け取っていた。


『クリスマスはライブがあって会えないんだ。ごめんな』


『ううん。だいじょうぶ。ライブがんばって』


『あとね、タイミング逃してずっと言えなかったけどありがとう』


『なにが?』 


『いじめっ子に意見してくれたとき、嬉しかった』


『気にすんな』



 彼から着信があるたびに、胸が跳ね上がる。

 ここ数日のやりとりを思い返して、いつしかぽーっとしていた。


 そのとき、つけていたテレビから、聞き覚えのあるヴァイオリンの前奏が響いてきて、にやり、夏陽と顔を見合わせる。

『エクレール』ライブツアーのCMだった。


 つまずいて転んで それでも笑って

 うまく生きれない きみが愛しい


 画面の向こうでエクレールのメンバーが、純が歌ってる。

 華やかな衣装で――輝きを放って。

 ふいに、地味な茶色いスカートに包まれた自分の膝に目を落とした。

 ステージの上の彼のように――ううん、ステージを降りたって堂々としてる、彼のように。

 どこにでもいる中学生女子じゃない。

 たった一人のかけがえのない存在になれたら。

 彼といっしょにいて、あたしはいつしか、そう思うようになっていた。

 そのためにはただ黙って耐えてる、今のままじゃだめだ。

 変わらなきゃ。



 CMの最後にステージの上で手を振る『エクレール』のメンバーの映像を、あたしは夏陽と二人、じっと見つめた。



「だったら」

 真剣な表情を崩さないまま、夏陽が言う。

「まずは、勇気を出してみちゃう?」

「――んえ?」

「クリスマスはだめでも、ちょっと前に。花乃とあたしと、正真くんに、純くんも呼んで。みんなでパーティーするの!」

 自分で言った案に感動したように、夏陽が手をあわせる。

「うん。これいい! 都心のどこかでさ。ちょっとだけでも」

 さっそく計画立てなくちゃとはりきる夏陽をあわてて押しとどめる。

「いや、でも。あたしたちはともかく、スーパーアイドルのあの二人が時間なんか作れるかな」

「そこを交渉するの! カレとの時間はつくるものでしょ」

 どっかで聞いたなそんなセリフ。

 とか心でぼやいているあいだに、夏陽はもうテーブルの上のスマホを手に取っていた。

「さっそく、正真くんに連絡しよーっと」

「だぁぁぁ、夏陽!」

 毎度ながらこの行動力はなんなんだ。

 スマホのメッセージアプリを打ちながら、テンションとアクションの女王の別名をもつ親友は当然のごとくのたまう。

「純くんへの連絡係はもちろん花乃だよ」

 そこでふいに顔をあげて、

「よろしくねっ」

 あたしは頭をかきながら、ため息をついた。

 強引で大胆で、だけど天使のような笑顔。

「よーっし、これで送信、っと!」

 秒速で藤波くんのもとへ飛んで行ってしまうのだろう夏陽のお誘いメッセージに重ねるように、あたしは心の中で祈った。

 拝啓。クリスマスシーズンは百パー忙しい藤波くん。

 あの、この親友の強引・愚昧・ウェイのお誘いに遠慮とかしないで、きちんと断ってやってください。

 どうかどうか。

 かしこみかしこみ。

「あはは手合わせて祈っちゃって。花乃もけっきょくは純くんと会いたいんでしょ、素直になりなさいって!」

 どんっと背中を叩かれて、堅実な祈りの文句を唱えている最中、合わせた手が大きくずれた。

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