Act30. ここはレッドカーペット

 純に手を引かれてきたのは、都心の川沿いの道を一本外れたところの裏通り。

 薄暗いそこはその名も東焉通り。

 あの。

 ここって、けっこう有名なスポットなんだけど。

 それもあんまりよろしくない方々がいる意味で。

 純は知ってて連れてきたのだろうか?

 あたしの問いかけの視線に気づいたらしい彼は、あぁ、とうなずいた。

「極秘だけど、この近くに所属してる事務所のレッスン場があってさ」

 ん、と顎で示された斜め前にある寂れた小さな建物に目を疑う。 

 このあいだはあんな近代的なビルでレッスンしてたのに??

「レッスン場の場所が一般に漏れたらレッスンどころじゃなくなるからな。いつもいい場所押さえられるとは限らないし、むしろこっちでやるほうが多いな」

 まさかこんなところに、アイドルたちがひそかに汗を流して猛特訓する場所が隠れていたなんて。

「このへんはやばめの連中がうようよしてて、芸能人ってだけで絡まれることもあるから、ぜったい近寄るなって、事務所の社長に言われてんだ」

 はぁ、なるほどそれで。

 って。

「しっかり警告受けてるじゃん! なのになんでわざわ――」

 言葉は最後まで続かなかった。

 びくんと身体の震えがそれを遮る。

 通りの奥には、うちの中学の制服を着崩したり、派手にアレンジしたりしている人たちが。大勢でかたまってしゃがみこみ、すごみのある目つきをあたりに放っている。

 ちらほら、見覚えのある顔も。

 あたしの原稿を破った彼も、その場で笑っていた彼女も。

 やっぱりいらっしゃるじゃないですか。

「行くぞ」

 ぎゅっと、力強くあたしの手を握って、純は歩き出す。

「ちょっ、純、引っ張らないでよ。いったいどうするつもり――」

 はっと口を押えた。しまった。思いっきり、声を出してしまった。

 歩きながら囁くような声がする。


「ショーだって言ったろ。お前がオレの相手役。ここは、レッドカーペットだ」


 このオレ様男、とうとう気がふれたか。

 フランスの映画祭の赤い絨毯の上どころか、あたしにはサファリパークを車から降りて歩いているようにしか思えないんですが。

「今、野原の声しなかったか?」

「マジ」

「ほんとー? あの、ドンびく小説書いてた?」


 見知った顔たちがこっちに近づいてくる。


「野原……花乃……?」


 学校ではなんとか平静を装ってたけど、この薄暗い通りで見る彼らは、冗談抜きで目をむく、野生動物にも見える。

 うっと、喉元に苦しい塊が込み上げてきて、うつむきそうになったとき。


「顔上げろ」

 耳元で、ぴしっと響く声。

「背筋伸ばせ。しゃんとするんだ。――奴らが圧倒されてるの、目にやきつけてやれ」


 え?

 あ……。

 よく見たら、彼らの鋭かった目は虚を突かれたように丸められていた。


 そう思ったら、急に落ち着いてくる。

 そう。

 堂々としてなきゃ。

 カツカツと自分の足が響かせるヒールの音がやけにゆっくり聞こえる。

「となりにいるのって」

「一路純……? まさか」


 物騒なレットカーペットの先で。

 名を呼ばれた彼が、ゆっくりと強調するようにターンした。


「オレの彼女だ。傷つけたら百倍返しを覚悟しとけ」


 挑戦的な、超偉そうな勝ち誇った笑顔。

 それが、ぞっとするような冷たい目に変わる。


「次同じことをしたら――許さない」

 弾丸をぶちこまれたように、あっけにとられていたのは不良たちだけじゃなかった。


 精一杯背中をぴんとのばして足を遠くに放って歩きながら。

 なに。

 なんなんだろう。

 心臓が、等間隔で大きく動くんだ。

 胸にぶちこまれた弾丸がまだ生きていて、太鼓のように脈打つような。

 苦しいほどの鼓動を、聞いていた――。

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