Act29. 彼にメイクを施され
麗音さんの部屋に、大きな鏡台はあった。
たくさんのメイク道具が所せましと置かれているそこに座わらされ、横には純が立っている。
「……はじめるぞ」
そう言うと、純は鏡台の鏡に――布を被せてしまった。
あの。
「ねぇ、これ、どういうこと? 『それ、おわったぞの合図やろー!』とかいうつっこみを期待してるの?」
にっと彼は笑った。
「この目にじかに映るお前が輝かなきゃ意味ないだろ」
え?
いや、決まってるよ。めちゃくちゃ決まってるけど。
これが言いたいがために鏡を犠牲にしたんじゃないだろうなこいつ。
そんなあたしの疑念をよそに、彼はあたしの頬に薄くファンデーションをはたいて、チークを載せていく。
瞼にブラウンとピンクのアイシャドーを乗せて。
ビューラーでまつ毛をカールさせて。
「むふふふふ」
頬にチークを乗せていたブラシを純がとめた。
「なんだよ、変な声だして」
「ごめん、お化粧なんてはじめてだからくすぐったくって」
不気味だあほとか、いつものようにノリでつっこんでくれるかと思いきや、
「なるべく、動かないでくれるか」
あ。すみませんでした。
なんか今日の純は、いつもの数倍は真剣だ。
真面目な表情であたしを見つめるその端正な顔を見て思う。
男の子でも、アイドルだったらお化粧とかもするのかな。
「まーな」
ハイライトをのせるブラシを止めることなく、純が答える。
「化けさせたいやつがいることを話して、ドラマやバラエティーのメイクさんにいろいろ教えてもらってたんだ」
ん?
それってどゆこと。
あたしにメイクすること、前々から計画してたのか。
「あぁ。それが今日になるとは思わなかったけどな」
「いったいいつから?」
純は大きな櫛で一心にあたしの髪をとかしながら、
「髪……ほどいたのを見たとき……」
ん?
それって、いつだっけ?
あぁそう、雑誌記者の人に追われたとき、印象を変えるために、逃げ込んだカフェで彼に髪をほどかれたんだった。
そういえばあのときなんか言われたような。
そんなことを一人呟いていると、なぜか櫛でごんと頭をはたかれた。
「やめろ。恥ずかしいこと思い出すな」
「え?」
恥ずかしい?
そう言われると、ますます気になってくる。
純あのとき、なんて言ってたんだっけ……。うーん。
「だめだ、思い出せない」
「あぁ。永久に思い出すな」
純の手が、丁寧に、優しくなでるようにあたしの髪をうすい櫛でブローして。
毛先が麗音さんが使っているものらしいコテでふわっとまかれていく。
仕上げに純は、コーラルピンクのリップクリームを手に取った。
緊張と高揚で唇の血色がよくなりすぎて、たらこみたいになりはしないかと半ば本気で思った。
だって。
リップスティックごしとはいえ彼の手が、この唇をなぞっていると思うと――。
最後に、どこから用意したのか、白地にコスモス柄のワンピをあたしに手渡した。
着替えが終わるまで部屋を出てるから、仕上がったら呼べと命令して。
「純、できたよ」
合図を受けて、部屋に入って来た彼は、壁にもたれ、身体を傾けてじっとあたしを眺め――一つ、うなずいた。
そして、鏡台からカーテンをとりさった。
「どうだ」
鏡の中。
一路純に両肩を抱き寄せられて、誇るように彼に示されている、その子――。
約束のきれいなものだ、と囁くように声がした。
動揺に目を大きくした、たしかにその子があたしには違いないのだろう。
でも。
頬も瞼も唇も、カールされた髪のツヤまで。
ぜんぶがいつもより、圧倒的な存在感で、きらきら光ってるみたいだ。
例えるならそれは魔法だ。
芸術家によって施される、手品――。
「さて」
魔法をかけられたその子の肩の上で、天才肌のアーティストが笑みを浮かべた。
「ショーをはじめるか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます