Act28. またまたおじゃまします

 いつもより少しだけ強めに手を引かれて。

 電車に乗って三十分。やってきた高級住宅街。

 白亜の壁に、大きな門に、カードキーをかざす純――。



 観葉植物のおいてある玄関を通って、だだっぴろいリビングルーム。ソファにあぐらをかいている、美人なのに覆面作家の純のお姉さんは、この前よりざっくりコームで髪をまとめ、ルームウェア姿でテーブルの上の、小説のプロット(おおまかなあらすじのこと)表らしきものに見入っていた。


 麗音さん、こんにちは。

 またまた突然お邪魔してすみません。


 そう言おうとしたけど、あまりの集中ぶりに、声をかけていいものだろうかと躊躇した。

 でも、やはりあいさつはしないと。

 改めて口を開きかけたとき、


「姉貴。部屋の鏡台にあるもん、いろいろと借りる」



 純のぶっきらぼうな声に先をこされてしまった。



「いいけど、ちゃんともとどおりにしておいてよ――って」


 何気なく振り向いた麗音さんの顔がぱっと輝いた。

「花乃ちゃん!」


 ようやく、挨拶できそうだ。

「こんにちは、麗音さん」

 純に右手をつながれたまま、ぺこりと頭を下げる。

「あの、また突然お邪魔しちゃって……」

「やだーぁ」

 もごもごと口籠るすきさえなく、麗音さんがほっぺに手をあてて恥ずかしそうに身をくねらせらた。

「こんなかっこでごめんなさいね? 執筆中だもんだから」

「いえ、こちらこそ、お仕事の邪魔しちゃって」

「いいのよぅ。気分転換大事なんだから。で、どう? 続けてる、執筆?」

 身を乗り出すように訊いてくる麗音さんに、

「あ。はい……一応」

 さすがに憧れの人に絶賛めげてますとは言えない。

「あらなに、元気ないじゃない。さては純、あたしの花乃ちゃんをいじめたね」

「姉貴がふだんオレにするほどの仕打ちはしてねーよ」

 しっかり軽口を返すと、純は真面目な表情になって言った。

「そろそろ行っていいか。今日は時間が惜しいんだよ」

「あーーっ!!」

 突如麗音さんに至近距離で大声を発せられて、耳をふさいだ純が言う。

「な。今日姉貴のお遊びにつきあってる余裕ないって言ったばっかだろ。今度はなんなんだよ」

「純! 鏡台にあるものって言ってたけど、さてはメイク道具で花乃ちゃんをかわいく変身させるのね!」

「……ちっ。ばれたか」

「ええぇっ!!??」

 びしっと人差し指をつきつける麗音さん。舌を打つ純。

 ただ一人、驚いたあたしは喉を絞められたカメレオンのような声を出してしまう。

「いつもながら目ざといな」

「そういうことをなぜを黙ってるのよあんたは。その手のおもしろいことはあたしにもやらせなさい」

 握っている手がひっぱられて、身体が、彼のほうに傾く。

「悪い。今回はオレ一人で、最高の花乃をひきだしたい」

 ……。

 真剣で強気な眼差し。

 少女漫画のようなセリフを一ミリもふざけずに言って。

 それが絵になってることには何度でも恐れ入る。

 アイドル、おそるべし。


 麗音さんは、なにかを悟ったようにうなずいた。


「そう。よく言った。あんたも人前に出る仕事して長いんだから、やってみなさい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る