Act23. 事件発生
「あのときの優しくて溶けちゃいそうな笑顔!! 女子キラーすぎでしょ。もう完璧だよ、あれは!」
昼休みが終わりに近づき、図書室の席を立って、それぞれの教室へ帰るその途中でも、夏陽の藤波くんとのデート報告は続いていた。
廊下にある窓にはうっすらと霜が降りて。
十二月に入って八日間が過ぎようとしていた。
「ふふふ。よかったね、夏陽。これは、クリスマスデート狙えるんじゃない?」
「え。な。やだちょっと~、いくらなんでもそれは」
とか言いつつほっぺを両手で抑えてまんざらでもなさそうですが?
よし、ここはさらにはやしたててやろう。
「夏陽かわいいしさ。本気になったらそれくらい可能だと思うよ。イルミネーションとか見に行っちゃってさ」
「もう、それを言うならそっちこそでしょ」
ちょんちょんと、夏陽はあたしの制服のブレザーをつつく。
「純くんと、クリスマスには会うの?」
「あ……」
思わず、あたしは立ち止まる。
「『エクレール』は、クリスマスはコンサートだって言ってたの、忘れてた……」
……ずーん。
その言葉で、一気に現実に戻る女子二人。
「そりゃ、そうだよね」
「人気爆発中アイドルだもんね。……今更ながら」
沈んでいるうちに、二年三組――あたしの教室の前に来ていたことに気がついて。
夏陽に手をふって、別れようとしたときだった。
教室の中から笑い声が響いた。
げらげらと品がなくて――耳障りな感じの、複数の大声。
顔を教室の中に向けると、いやな予感は的中した。
派手に制服をアレンジした五、六人の男女が、あたしの机の周りを囲っていたのだ。
二人の男子が半分ずつあたしの机に腰かけて。
その後ろの椅子に腰かけているのが数人。
その一人が手に持っている紙の束を見て。
ぞわぞわっと、背筋に虫が這うような寒気がかけぬけた。
「『キスだって、できないもん』。だって!」
「なにこれ、きもい」
クラスの中で目立つ存在――不良と呼ばれる子たちが、あたしの原稿を読んで笑ってるんだ。
なんで。
原稿はちゃんと、厳重に、机の脇にかけてあるスクールバッグにしまっておいたのに。
反芻しても無意味な疑問を、脳内で延々呟き続けている、そのあいだに、つかつかと、不良たちの輪のなかに歩み入り、ぱしっと、その原稿を取り上げた人物がいた。
「ちょっと、なにしてんの。人のもの勝手にとってこそこそ笑うなんてサイテー! 謝んなよ!」
怒り心頭の夏陽だ。
親友ながら、こういうところ、すごいなと思う。
大きな瞳をつりあげ、煌々と光らせて。
怒りが元来の美人顔を引き立てているようにすら見える。
けれど、熱い正論なんかねじまげてしまうのが、この人たちだ。
「はいはい。ごめんなさーい。お詫びします」
原稿を持って笑っていたリーダー各の男子の指が、原稿にかけられて。
びりびりびりと音を立てる。
ぜんぶ、一瞬だった。
夏陽ですら、止めるひまがなかった。
「あんたたち……!」
その声に夢から醒めたようにはっとする。
まずい。
今の夏陽を放っておいたら、このままとびかかりかねない。
あたしはその肩をたたいた。
「やめて、夏陽」
「花乃。でも……」
ちょっと口をつぐんだ末、きりりと眉を上げて、夏陽は言った。
「怒らなきゃだめ。こういう嫌がらせされるのだって、はじめてじゃないんでしょ?」
「え……」
たしかに、そうだ。
きっかけはなんだったかはまったく覚えがない。
でも、二年生に進学していつのころからか、彼らに目の敵にされて。
靴にいたずらされたり、持ち物がゴミ箱にあったりしたことは日常茶飯事だったんだけど。
なんで、夏陽が知ってるんだろう。
「ごめん。三組の子たちが噂してるのを廊下で小耳に挟んでから、情報網使って調べたの。花乃なんにも言わないから」
そうでしたか。
やっぱり、夏陽はすごいね……。
「ほら、怒って。じゃなきゃあいつらますます調子に乗るよ!」
うん。
たぶん、夏陽の言ってることは、正しい。
でも、ごめん。
「今は怒る元気がないんだ……」
「……花乃」
そうこうしているうちに、午後の授業の始まりを告げるチャイムが鳴って、不良たちは何事もなかったかのように笑ってそれぞれの席に去って行く。
他のクラスメートの子たちが遠くから。そして。
自分のクラスに戻ることすらせず、夏陽が見つめる中。
引き裂かれた原稿をぎゅっと抱きしめて、あたしはうずくまっていた。
その晩、あたしは純にスマホでメッセージを打った。
純、元気? 無理して体調崩していませんか。
ごめんなさい。次に会う予定なんだけど、ちょっと調子が悪くて伏せっているので、元気になったらまた考えさせて。
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