Act20. 貴公子アイドルはやっぱり紳士 ~夏陽side~

「怖い想いをさせたね。やっぱり、人目がない場所で待たせるべきじゃなかった。ごめん」

「い、いえ。そんなあの」

 という会話を交わしてきり。

 あたしたちは、無言で、町中への道を歩いていた。

 さっき感じた恐怖と緊張と、そして、彼に見惚れる想いの後味で、脳がマヒしたように動かない。

 完全にお礼言いそびれた。

 それに、気になることもある。

「その、だいじょうぶですか」

 彼が一瞬だけ足をとめて不思議そうな顔をする。

「その。腕。なんともない、ですか」

 藍色の瞳が、和らぐ。

「問題ありません。これでもアイドルの端くれ。鍛えているからね」

 よく意外って言われるんだけど、力はないほうじゃないんだよとおどけたように笑う。

「あ、そう、なんですか」

 激しくほっとすると同時に、感激が押し寄せてくる。

 なにこれ。

 かっこよすぎるんですけど。

「それより夏陽ちゃんは。ショックを受けているでしょう。複数人で寄ってこられるなんて」 

「ええと」 

 なにかいわなきゃとあせるあまり、口が動く。

「た、たまにあるんですよね、ああいうの。あたしのことなんかなんにも知らないくせにかわいいねってべたべた触ってきたり、ひどいと待ち伏せされたり。きっとよっ ぽど寂しいんだろうなって、笑い飛ばしてますけど。あはは」

 笑いながら……しまったと思う。

 沈黙怖さのあまりつい、口が滑った。

 こういうことを誰かに言うと、そういうことを自慢にしたいんじゃないかって勘違いされたりすることもあって面倒で、人に言わないことにしていたのに。

 でも彼はまじめな顔で一言、言った。

「なるほどね」

「え?」

 思わず立ち止まりそうになる。

 藤波くんには、わかるの?

 あたしの感じてきた、怖い気持ち。

 なぜだかその一言には、そんな深みが混じっている気がした。

 だから思わずそう訊いてしまうと、

「多少は。僕も、少なからず、きれいごとで済まされない部分のある世界に生きているので」

 歩く速度を緩めないまま、彼があたしの名を呼ぶ。夏陽ちゃん、と。

「そういう輩には、こっちがどう対応しようと考えだしたらだめなんですよ」

 ちょっと苦みが走った笑顔を、こっちに向けて。

「え?」

「ひとまず耐えようとか、うまくやってく方法を考えようとか。自分が相手の型に会わせようとするからだんだん無理がでて、苦しくなっていくんだ」

 そして彼は、ふっときれいに微笑んだ。

「いやな想いをしたらすぐに逃げる。それだけの話です」

 あ――。

 心が一回、音を刻んだ。

「おせっかいだったらごめんね。きみは相手の型にあわせようと努力してしまいそうだと思ったから」

「えっ、けへ? そんな」

 変な声を出すと彼は噴出した。

「怖い目にあったはずなのに、きみがさいしょに口にしたのはオレのことだった」

 さわやかな秋風に誘われるように。

 あたしは言葉を返していた。

「それ、藤波くんのことでもあるんですよね」

 彼の藍色の瞳が見開かれる。

 あたしには、わかる。

 彼の紡ぐ言葉を聴いてきたからだ。

 あたしが藤波くんのファンになったきっかけ。それは、動画サイトにあがっていた、過去のウェブラジオの番組だった。

 何気なくクリックしたそれは、大人気アイドルグループ『エクレール』のメンバーである彼がパーソナリティーを務めるものだった。

 リスナーの葉書に、彼が答えていく形式。だいたいは彼のアイドル活動のこととか、流行りの食べ物やお店のこととか、何気ないことなんだけど、時に深刻な相談もあったりして。

 そんな葉書への彼の受け答えが、しっくりきた。

 下手をすれば、いつも話しているクラスメイトの子たちよりよほど。

 花乃と話しているとき以来の、心にすとんと言葉が落ちてくる感覚だった。

 藤波くんは、決して通り一遍の答えを言ったりしない。

 相手の気持ちをよく理解したうえで、彼自身の考えじゃなく、相手の考えのわくにそっていいものを考えてあげてる。

 尊重っていうのかな。

 だから彼こそ、誰かの型にあわせようとしすぎて苦しくなったことがあったんじゃないだろうか。

 あたしはそう思ったと言うと、ふっとどこか彼はミステリアスに微笑んだ。

「さぁ。ご想像にお任せしようかな。……でも」

 ふわっとまた風がふいて、彼の髪を揺らしていく。

「今はどうしてか、とても楽だよ。きみの考えはとても、おもしろい」

 今度は、鼓動が小刻みに何度も音を立てる。

 今まで何人かの男の子に告白されて、つきあったこともあったけど。

 誰もあたしの考えになんか興味持ってくれなかった。

 もちろん、その中の誰かに悩みを聴いてもらったことなんかない。

 相談したいとも思わなかった。

 彼らはただ、誰かとつきあってるっていうステータスがほしいって気がした。

 だからね、藤波くん。

 少し後ろを歩きながら、あたしは彼の背中に語りかける。

 こんな人と話ができたらって。

 お互いの思っていることに興味を持ちながら、話をする。

 そういう関係ってどんなにすてきだろうって、あたし、ずっと思ってたんだよ。

「あ、そういえば」

 ふいに彼が立ち止まる。

 肩越しに投げかけられたのは、かすかな苦笑だった。

「目的地、まだ決めてなかったね」

 あたしは笑いかえして、心で彼にそっと返事をした。

 あなたはこれから、どんな世界を、見せてくれる……?

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