Act17. ダブルデート勃発

 海が見えるカフェのテーブル席で。

 あたしは純と向かい合っていた。

 となりに夏陽。その向かいには藤波くん。

 きょときょとと、視線を動かす。

 よくわからないダブルデートがいきなり勃発してしまった……。

 みんなで飲み物を注文したあと、ちらと、すっかり借りてきた猫状態になった夏陽を見やる。

 夏陽はあたしなんかよりずっと前から『エクレール』の、それも藤波くんのファンだったんだもんね。

 これもなにかの縁。なんとかとりもってやらなくては。

 でも、あたしのほうも、いきなり姿を見せた純にあっぷあっぷしちゃって……。

  じつに気まずい沈黙が訪れていた。

「きょ、今日は、藤波くんと二人なの?」

 ひとまず無難なところから話題をスタートさせると、純が目の前の抹茶ラテがまるで苦虫でできていたみたいな顔をした。

「……まぁな。昨日から近くのスタジオで新曲のPV撮ってたんだけどさ」

 ストレートのハーブティーを涼しい顔で口に含んだ藤波くんがさきを引き取る。

「純がどうしても少しだけぬけたいって言うから、なんとかメンバーをごまかすのに協力してやったんだ。お目付け役として僕が同行するって条件で」

 よどみない解説に、納得する。

 さすが、ゆくゆくはニュース番組のキャスターとして期待されているって噂の藤波くん。

 説明がクリアだ。

「『エクレール』の一路純につきあってる子がいるなんて、トップシークレットどころじゃない。事務所にもほかのメンバーにもまだ言えない秘密を抱える純を、一人にしておくのは危険だと判断してのことなんだ。ごめんね、花乃ちゃん」

 あ――。

 そう説明されて、じんわりとあたたかい泉のような気持ちが広がっていく。

 純は、同期だという藤波くんだけには、このことを話しているんだ。

 藤波くんは彼のことを想って、ついてきてくれた。 

 見え隠れする事実に、なんだかすごく、勇気づけられる。

「あ、あの、藤波くん」

 その嬉しさをどう表現したらいいかわからなくて、あたしは、

「この子――親友の夏陽、前からすごい藤波くんが好きだったんだよ」

 別の話題に逃げた。

 べしっと勢いよく背中を叩かれる(本日二度目。強度二倍)。

「やめてよ、花乃!」

 痛い。

 あたしが純と知り合いになったときは、自分からとりもてって言ったくせに、理不尽すぎる。

「そうなんだ。ありがとう、夏陽さん」

 そう言われて藤波くんに微笑まれて、夏陽がぽっとお湯を入れたポットのようになる。

「い、いえ、あたしはなにも。ただ、藤波様のあふれでんばかりの知性と魅力を前にたちうちできなかった、哀れな民の一人ですから!!」

 ごんっと水の入ったカップにひじをぶつけあいたっ、さらに水を袖にこぼしてつめたっと叫んでいる。

 こそっと、純があたしに耳打ちした。

「おい、だいじょうぶか彼女」

 夏陽って、照れるとてんぱる癖あるんだよね。

 あはは、と噴き出したのは、藤波くんだった。

 彼はテーブルにあったふきんで、夏陽の袖を拭いてくれながら、

「哀れな民にしては、元気がありあまっているご様子だけど。じつは、城で退屈をもてあまして、庶民の暮らしを体験しにきたお姫様だったりしてね」

 うわ。

 すごい。

 テレビのバラエティでよく見る通りの甘いセリフ。

「へっ、おひ、お姫……」

 夏陽、言えてないよ。

 くく、と藤波くんが声を殺して笑った。

「おもしろいね、夏陽ちゃんって」

「『夏陽ちゃん』……? あぁあ~」

 椅子に座ったままひっくり返りそうになる夏陽の背中をあわてて支える。

「夏陽、気をしっかり持って!」

 こちら側がやいやい言っていると、むこうがわもぼそぼそとやりとりをしている。

「正真、相変わらずだなお前。そういうこと軽々しく言うなよ。彼女はお前のこと、ほんとにさ」

 おおっ、純、たまにはいいこと言うな。

 チャンスとばかりに、あたしは藤波くんに向きなおる。

「藤波くん! 一回でいいんです! 夏陽とデートしてやってください!」

 藤波くんが、ふいに目を見開いて。

 夏陽が、ぽかんと口を開けて。

 あほ……と、片手で顔を覆った純がつぶやいた。

「え? ちょっと。なんであほなの? あたしは親友のために真剣に」

「そんなこともわからないの! ほんっとに、花乃のあほっ!」

「え? え?」

 わけがわからないうちに、あたしは夏陽の往復ビンタにあった。

「そんなこと不意打ちで、しかも他の人の口から言われて、気まずくて死にそうにならないわけがないでしょうが! ばかばかばかーっ!」

「わわ、ごめん。あたし、二人をとりもたなきゃと必死で」

「だからってこんなのある? そりゃまっすぐなのがあんたのいいところとは常日頃から思ってるけれども! ストレートすぎるわっ」

「だからごめんってば」

「あーもう、虎穴があったら入って虎に食われたいーーっ!」

「そのまえに、虎子を得なくてもいいのかな」

 ぴた……とあたしたちの漫才がやんだ。

 今、藤波くんが口を開いた……?

 彼は全国の女子がうっとりしてしまう、Jポップ界の貴公子と言われる微笑みを浮かべた。

「夏陽ちゃんは、どこに行きたいんですか。事前に知っておかないと、ちゃんとエスコートできないからね」

「……」

 あたしが夏陽を見て。

「……」

 夏陽があたしを見て。

「……け。天然たらしめ」

 ぼそりと純が呟いた。

 がちっと固まっている夏陽に、ほら、チャンスと呟く。

「あ、あの。じゃ、じゃぁ、ですね、連絡先など、この下膳の民に恵んでくださればその。ご、ご提案を」

 やった! 夏陽! 言い方はかなり変で不自然だけど、よくがんばった!

 スマホを取り出して、ぎこちなく藤波くんとやりとりする親友にあたしは心の中から拍手を送った。

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