Act8. アイドルと愛読書について語らいます
次に向かったのは町の本屋さん。
常に市場を見て、どんな作品が求められているのか研究するのも作家志望の心得なのだ。
向かうはもちろん、少年少女向けの本のコーナー。本棚の下に備え付けられた膝小僧ほどの高さの棚に、いろんな作品の主人公たちが描かれたイラストがずらりと並べられている。
バトルものの主人公の男の子。かわいいワンピースを着た女の子。いろんな物語から主人公が勢ぞろいしたその棚は色とりどりの宝石箱みたいだ。
そんな中、あたしはある一冊に目をとめた。
制服を模した華やかな衣装に身を包み、マイクを握る二人の女の子が描かれた表紙。
親友コンビがアイドルを目指す青春ものだ。
この本、二週間くらい前に買って読んだんだけど。
性格も雰囲気も対照的な二人がそれぞれ問題をかかえながらがんばってトップアイドルを目指す姿に感動した。
でも。
ちら、と棚にじっと視線を注いでいるとなりの彼を窺う。
こういうの、じっさいのアイドルの生活を知っている純が読んだらどう思うんだろうな、とふと思ったのだ。
「よく調べて書かれてたよな」
まるで心の声に答えるように彼が言った言葉にびくっと心が跳ね上がる。
「とくに、親友ばかりが人気が出て自分は思うように売れなくて、芸能界をやめようかと思う主人公の葛藤とか。親友は親友であまりに洗練されていくんで、つきあってた彼氏が距離を感じてしまう展開とか」
そういえば、恋愛小説を読んでるって、彼がコンサートのトークでも言っていたことを思い出す。
「そうそう、そこすごい切なかった! カレシは言うんだよね。『きみはもう、僕だけのものじゃない。自分で大きなステージと観客を勝ち取ったきみに、僕はそれ以上の幸せをあげられるのかな……』くーっ」
本のこととなると熱く語ってしまうのはあたしの癖だ。
「あー、あったあった。そんな場面。ちょっと情けない気もするけどな。男だったら、世事辛い芸能界なんかより、オレのとこに来た方がよっぽど幸せになれる、くらいのことを言えってんだよ」
「ルウナちゃんのカレシは繊細なジェントルマンタイプなの! そこがキュンポイントなの! あぁ、現実の男の人もこれだけ謙虚で優しかったらいいのに!」
やばい、とまらない。
「誰かさんみたくでかい態度じゃなくって」
と思わずいらんことまで言ってしまうと、
「ふん。まぁ本の中だからな」
純は軽く受け流し、そして――反撃に出た。
「けどヒロインの一人のルウナだってなかなかだったぜ。いちばんの幸せはあなただって、彼氏の胸に飛び込んでく。現実にいる女子もこれだけ素直だったらな。ちょっと肩に触れられただけで不潔とかわめかれたんじゃたまんねーよ」
まだ根に持ってたのか。
「ごめんごめん。でも、それは本のヒロインだから」
一瞬空いた間に、見つめあう。おたがいのおどけた顔がおかしくて、同時にぷぷっと噴出した。
笑いも収まらないうちに目に入って来たのは、となりの新刊の棚のある一冊だ。
「あ、あったあった! 今日のお目当て。
カラフルなイラストが描かれたその本を手にとったとき――ふいに純の笑いがやんだ。
「琴宮先生って、正体不明なんだよ。男の人か女の人か、おじいさんなのかおねえさんなのかもわからないんだ」
いわゆる覆面作家ってやつですな。
あたしのもっとも好きな作家の一人だ。興奮して語るも、純は頭の後ろで腕を組み、ふーんとそっぽを向いている。琴宮先生の本は読んだことないのかな。そんなのもったいない!
「でも、作家の正体なんてそんなのどうでもよくなるくらいおもしろいの。かわいい双子ちゃんが学校で起きた事件を解決するミステリーとか。不良少年と優等生がラブラブになっちゃう恋愛ものとか!」
おすすめしたい本ならいっぱいある。
あたしは出版社のサイトでチェック済みの新刊情報をまくしたてる。
「この本も、今月に出た新刊で、すごくおもしろそうなの。中学生の女の子が気になってる男子と、二歳くらいの小さな男の子を育てることになっちゃう話らしいんだけどね」
手に取ってるその本の表紙には、中学生カップルのあいだに手をつながれたぷくぷくほっぺのちっちゃな男の子が涙を浮かべてる。
「この子! ちっちゃなシュンくんが、泣き虫でおまぬけで、もう萌えキュンなんだって!」
純を見ると、あれ。なぜか青い顔をしている。あんまり興味なかったかな……。
「買うのか、それ」
「もちろん!」
レジに行こうと歩きだしたときだった。
「あのさ。花乃。その本はちょっと――」
「え? なに? あ」
くるりと振り返って、本を掲げる。
「純も読みたいの? 読み終わったら貸してあげるよ」
「……いや、いい。なんでもない」
?
変な純だ。
首をかしげながら、あたしはレジへと向かった。
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