Act7. 初デートはホラーグッズショップ
小さな店は照明を抑えているのか、薄暗い。
そこここにかかっているクモの巣はまるで本物だ。
黒い垂れ幕でしきられた店内には、ガイコツのマスクやコウモリの標本を模したもの。
目から血がでている日本人形なんて、リアルなものもある。
「お前、いくらなんでも最初のデートにホラーグッズの店はねーだろ。……うげっ、今この血まみれの手、オレの肩に触ったぞ!」
純がびくっと肩をすくめる。
こんなに簡単に声が裏返るのは、アイドルとしてどうなんだろうか。
「純、こういうのだめ?」
「こういうとこに嬉々として来るやつの正気を疑う」
少し離れたカウンターにいる店員さんに気を遣ったのか小声でまくしたてる純に苦笑して、
「あたしも、ぜんぜん平気ってわけじゃないよ。ここに来たかったのは、こういうのが趣味だからじゃないんだ」
「そうか。あぁ、よかった」
今度は声がかすれてるけど、いったいなにがよかったんだろうか。
「なら一刻も早くここから去ろうぜ。呪い殺される前に」
「だめだめ。ちゃんと目的があるんだから」
純をひきとめて、あたしは言った。
「書いてる小説の中の、登場人物の死神少年。あのキャラクターの外見の描写に、いまいちなっとくいってなくて」
死神が持っていそうなグッズやファッションを見て、ヒーローのイメージを膨らませたいのだ。つまり、取材だ。
すでに出口に向けて数歩歩き出していた純が、コウモリのゲテモノでも食べた顔をした。
「……そういうこと言われたら、つきあわないわけいかないじゃねーか」
よし。
さっそく意識を集中させて、商品を物色していくと、洋服のコーナーでいいものを見つけた。
「純、これ着てみて!」
自分の顔が恐ろしく伸びて見える鏡に不可思議そうに見入っていた純が、ん、と鏡の中とは似ても似つかない端正な顔を向けた。
数分後、試着室から出てきた彼を見て、あたしは唸った。
肩をいからせた真っ黒い革ジャン。
頭には棘のついたヘアバンド。
「どーでもいいけど、やけに攻めたファッションだな」
「うん。純が言うなら相当ってことだね」
それでも抵抗なく着てるあたり、いろんな衣装に慣れてるんだろうな。
「まぁな。キリンの長い首を頭の上につけた着ぐるみとか。上半身ほぼ透けてる、いったいどこがかっこいいのかわかんないライブ衣装だって経験してるし」
なぜか得意げに笑った顔が衣装に負けずにきちんと際立っているのがなんとなく癪にさわる。
「あたしのイメージする、死神少年のファッションを体現してみたんだけど。なるべくおどろおどろしいほうがいいよねぇ」
でもなんでだろう。
なんかこうしっくりこないんだよね。
あごに手をあててじっと見ていると、死神少年に扮した純が口を開いた。
「待てよ」
ギザギザヘアバンドの下の瞳が大真面目に問いかけてくる。
「あの小説のターゲット層は?」
え? と訊き返したのは、答えを持っていなかったからじゃない。
「特に読んでほしいと思う人の年齢や性別だよ」
予想以上の視点の的確さに目を見開いた。
「テレビドラマにも必ずある。大人の女性に見てほしい恋愛ものか。中高生女子なのか。おもに男性向けのアクションものなのか」
「もっ、もちろん設定してるよ! 小中学生くらいの女の子がきゅんきゅんできる、アイドルとの恋物語なんだ!」
「だろ」
大きな目をきらりと光らせ、純は大き目の襟をひらひらさせてみせる。
「だったら、その死神の服装、そこまでごっつくていいのか。――主人公の相手役が」
「あ――」
そう。
小説を読み進めてくと、その正体はほんとうは死神なんかじゃなく、少年ロックバンド『デス・ゴッド』のメンバーだったってわかる。
主人公の音乃は彼に次第に惹かれていくんだけど。
「ヒロインの恋の相手になる人物なら、もっと女子受けする服装のほうが望ましくないか。しゅっとしたシルエットのパンツルックとかさ」
「た……たしかに」
じっさい、店を変えて純が自ら選んだ濃い紫のカーディガンと灰色のパンツで試着室登場すると、すんなりイメージが沸いた。
うん。こっちのイメージのヒーローのほうが断然、女の子読者は恋をしてくれそうな感じ。
「でも、彼はお話のさいしょでは死神って名乗るわけで。さわやかルックだと、死神っぽさがなくない?」
「まぁな」
顎に手の甲を当てて、さわやか純は少し考えて、
「もし、これがドラマだったとしたら。オレなら、小ざっぱりしたイメージを崩さず、アイテムで足したらどうかって提案するかな」
こんなふうに。
そう言ってオシャレブティックのアクセサリーコーナーからとってきて彼が身に着けたのは、ぱっかり割れた二つの赤いりんごからどくろが顔を出してるネックレスだ。
「いい! おしゃれだし、怖い感じもでてる!」
あわてて持参した小さなノートにメモする。
えーとサツマイモ色の羽織りものに、ねずみ色のズボン。
「なぁおい。受け狙いでやってんのか?」
後ろからのぞき込んだ純が、ちょっと呆れたように言う。
「え? メモとっただけの一連の動作のどこに笑える要素があるの?」
「サツマイモ色とかねずみ色とか、しまいには、羽織りもの? お前はおばあちゃんか」
あぁ。言われてみればちょっと表現が古風だったかな。
「でも間違ってないよね?」
純は一つ咳払いすると、ぐっと右手を掲げ、モデルのようなポージングをとる。
「いいか。その物語のヒーローが一路純並みのハイスペックなやつなら、これはダークレッドのアウターに、グレイのスラックスだ」
おぉ……!
言い方を変えるだけでこうもおしゃれになるとは。横文字万歳!
「ええと、もう一回言って。なんだっけ。あんたー、りらっくす?」
「励ましてどうする」
服の名前もなにもかも、小説の勉強だ。
アウター、スラックス。
ゆっくり発音してくれるその音をなぞるように、メモ用紙の上をペンが滑っていく。気のせいかな。その感触がいつもより心地いい。
メモ用紙から上げた瞳と純の目がばっちりあって、ふいにそらした。それでも彼の瞳は揺らがない。
「まだ見ていくか。それとも次の取材先へ旅立ちたいか、大先生」
からかいを混ぜた優しげな語調が、あたしの中の何かを震わせる。
ふしぎだ。
二つの選択肢のどちらも抗いがたくきらきらして思える。
あたしの出した答えは、
「もう少し、ここで。もしよかったら、ファッションのこと、いろいろ教えて。服装の描写に生かしたいんだ」
渾身の力をふりしぼって――返ってきたのは。あれ? 今四方に星が飛んだ?
「任しとけ。これでも、仕事はきっちりこなすほうだからな」
否。アイドルのアイドルによる最高にアイドルアイドルしたウインクだった。
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