Act4. 親友は条件付きラブを応援してきます
「エクレールの純くんに会ったぁぁ? で、つきあうことになったぁぁ??」
ここは、学校の図書室。
カウンターから一番離れたあたしたちの指定席でのこと。
現在、素っ頓狂な叫び声をあげた夏陽の右手があたしの額にあてられいる。
図書室は、クラスが別々のあたしたちの、ひそかな会合の場である。
長い休み時間はだいたいここに来るのは、夏陽に会うためと――正直に言えば、教室にいたくないってのもあるんだけど。
そのへんを察している夏陽はなんでもないように明るくふるまってくれる。
「花乃、だいじょうぶ? 小説の書き過ぎで妄想と現実の区別がつかなくなったとか」
ぱんぱんと、額に当てられた手を振り払う。
「失礼な! あんなやつで恋の妄想なんかしないよ」
どうせ妄想するならあと百倍は自分好みの――いや、語りだしたら終わらないからやめておこう。
「第一あたしアイドルになんて興味ないし」
「うーん、言われてみればそっかぁ」
夏陽は長い指を顎にあてて、柔らかな照明が取り付けられた天井を睨んでいる。
「花乃、人気爆発中の『エクレール』のメンバーの名前も全員言えないくらいだもんね。とはいえ、いくらなんでも……」
「証拠もあるよ。ほら」
こんなこともあろうかと持ってきたクリアファイルの中の二枚の細長い紙を見て、夏陽が歓声を上げた。
「『エクレール』のライブチケット! いつも抽選でめったに当たらないのに!!」
「二枚もらった。夏陽も来る?」
「あたりまえ!」
藤波くんー! と、チケットを推しメンの名前で呼んで拝む夏陽。うーん。人間を紙切れに見立てるって、かえって失礼にならないだろうか。
「すっごーい、ほんとにほんとなんだ」
「うん。なんかよくわかんないけどね」
思い出すだけでも胃もたれしそうな。
先週は処理能力の乏しいあたしにとっては中身ぎっしりすぎる日曜日だった。
そんなふうに回想して額をかいていると、テーブルの奥から夏陽がいたずらっぽいまばたきをよこしてくる。
「ねぇ、純くん、どんな感じだった?」
「偉そうで上から目線で。ファッション攻めぎみで、変なやつだった」
即答すると、夏陽はまた黄色い声を出して顎に両のこぶしをあてがった。
「きゃっ、オレ様って感じ? すごい。イメージ通りだ~」
この単語の羅列でなんでテンションあげられるのか謎だ。
謎なんだけど、夏陽のテンションはとどまることを知らない。
「ネット小説に感想くれたのが憧れてやまないスーパーアイドルだったなんてさ! しかも図書館で愛の告白されるとか! つきあってくれなきゃ好きな小説書けないようにしてやるって迫られるとか! やばくないこれ? 少女漫画的展開!」
うん、話した事実が大幅にデコレートされているけどね。
「花乃、もうこれはつきあっちゃいなよ! 純くん、きっと花乃に気があるんだよ」
「心臓に悪いこと言わないでよ」
誰か暴走しだした我が親友を止めてくれ。
ひとまず、水をふっかける代わりに言ってやる。
「ふつう、気のある子の原稿をこっぴどくこきおろしたりする?」
すると夏陽はふふんと微笑んで頬杖をついた。
「おこちゃまだね、花乃は。男子ってそういうもんだよ」
みょうに色っぽく長し目送ってよこしてくる。火に油だった。
漏れる吐息をあたしは人知れずかみ殺す。
まぁ、地味系女子のあたしと違って、夏陽が男女ともに人気があることを鑑みると、真っ向から否定もできないかな。
さばさばしてはいるけど、これで夏陽はけっこうかわいいからな。スタイルもいいし。
一部男子の間で隠れ美女の称号を授かっていることを知っていたりするし。
一人もんもんとうなっていると、隠れ美女はあれ? と小首をかしげた。
「てっきり、あんな偉そうな男お断り! って言うかと思った」
「うん。そうなんだけどね……」
「だよね。出会いの時点で反発しあうってのは、恋愛ドラマのセオリーだもん」
「夏陽、ひとまずちょっと一旦、ロマンスの世界から帰ってこようか」
あたしの頭をかすめたのは、無論そういうことではなく――あいつがあたしの小説に関して言ってたことだ。
舞台にいたロックバンドの彼が一瞬で座席のヒロインのもとへ飛んでいくことは不可能。
あれはたしかに、一理ある。
舞台のしかけの甘さは、自分でもうすうす気にかかっていた。
それに彼は、仮にもネットの海で一番にあたしの小説に目をとめてくれたわけだし。
そんなやつの意見を聞ける――しかも小説の完成まで――というのは、けっこう、魅力的だったりする。
「おぉぉ、意外と乗り気なわけ? いいじゃんいいじゃん!」
「でも、そのためにつきあうとかなんか、違う気もするし」
「真面目すぎだよ花乃は。だいたいが、相手だって告白避けのため、期限付きでって言ってるんでしょ?」
……言われてみればそうか。
たしかに、お互い様かもね。
「よし決まり! 条件付きラブから本気ラブにとっとと発展して、純くんとラブラブカップルになってね! 花乃!」
「ちょっと待ってなんでそうなる」
「で、純くんに頼んでね。『大事な親友に藤波くんを紹介してあげてください』って!」
テーブル越しに、あたしは夏陽に頭突きを繰り出すしぐさをした。
「それがねらいかっ」
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