Act2. 勉強会

「えー、なにそれすごいじゃん」

 萌黄色のソファにだらりともたれた夏陽なつひが、クッキーを片手に興奮した声をあげた。

 それにならって、低めのテーブルの上にあるクッキーに手を伸ばしながら、深くうなずく。

「うん。サイトで誰かが小説の感想くれたの初めてだったから嬉しかった」

 夏陽がさくさくっとリズミカルにクッキーをかみ砕いて、ソファにダイブした。

 腰まである長い髪とくりくりした大きな目が特徴の親友、夏陽宅で、ただいま勉強会が催されている。というわけで、テーブルの上のクッキーの横には、一応英語の教科書と参考書が置かれている。

 テレビもお菓子もありな勉強会はうちか夏陽の家で不定期に開催されるけど、いつもだいたいろくに進まない。

「花乃の小説、おもしろいもんね」

 せっかくのきれいな髪をソファに惜しげもなく散らして、にっと夏陽が笑う。

「今回のはとくに」

「えっ、そ、そう?」

 クッキーにのばした手を思わずひっこめる。

「うん。出だしがいいよ」

「……」

 リビングのわきの本棚に視線はそらしたものの、ちょっとだけにやけた顔はごまかせただろうか。

 家族みんなの蔵書が集中しているという夏陽宅の本棚には、外国のファンタジーや高校生の胸キュンものもそろっている。

 本好きの夏陽は、たまにあたしの小説を読んでは感想をくれる。

 小説を書いていることを打ち明けている唯一の親友だ。

「ほんと? そこ自分ではどうかなって思ってたんだよね」

 死にたがる女の子がいきなり登場するなんて暗すぎるかなって、考えていた。そう伝えると夏陽はかじりかけのクッキーを持ったまま身体を起こしてうーんとうなる。

「それはたしかにそう思う人もいるかもだけど。でもあたしは読んでて、思ったの。

この子、これからどうなるの? さきを知りたいって」

「そっかぁ……」

 パンチがいまいちとか、もっとハラハラしたかったとか、いつもあたしが書いた小説の感想を正直に言ってくれる夏陽に褒められると嬉しい。

 そしてつい、調子に乗る。

「ねぇ、具体的にどのへんがよかった? そこんとこもっと詳しく――」

 そのとき、大画面のテレビから、華やかなヴァイオリンの前奏が流れてきた。

「あっ!」

 夏陽の目の色が変わって、わざわざソファから降りて画面にかじりつく。

 夏陽も大好きな大人気高校生男子アイドルグループ『エクレール』のメンバーが出演しているスニーカーのCMだ。

 真っ白に様々な色のラインの入ったスニーカーを履いて走ったりジャンプしたりしているメンバーのバックにかかっているのは、グループの最新曲。

 メロディーは明るいけれど、歌詞はひたむきなラブソングだ。


 つまづいて 転んで それでも笑って

 うまく歩けない きみが好き

 その笑顔で 僕の心 ずっと ぎゅっと 離さないでいて


 メンバーの一人が、スニーカー姿でスケボーに乗りながらジャンプして一回転した。

「わぁっ、純くんだ! かっこいい~」

 彼の名前は一路純いちろじゅん。大きくて涼し気な目元に、通った鼻筋。髪がきれいにウェーブがかっている。ティーン向けの恋愛ドラマで演じた強引な柄役や、ライブや芸事にすごくストイックなことから、ファンのあいだではオレ様王子って呼ばれてるとか。ちなみにこれは夏陽情報だ。

「ドラマで共演してから、女優の南方亜莉珠みなかたありすちゃんとつきあってるって噂だよね。美男美女で超お似合い」

 へー。

「でもやっぱり一番は藤波くんかなー。きゃっ、でてきた!」

 画面に推しメンが登場したらしく、さっきまであたしの話題に熱心だった夏陽がそっちに食いついてしまったので、しかたなく一人、ぼんやり考える。

 この地球上のどこかから、読者さんがくれた言葉。


 しびれました。


 たったそれだけ。

 でも、あたたかな気持ちが満ちてくる。

 元気が出たとは書いていないけど。

 自分の書いた小説で誰かが少しでもなにかを想ってくれた。

 はじめての経験に走り出したくなるような気持ちを、クッキーと一緒にかみしめる。



「その人、また読んでくれるといいね」


 

 CMが終わると同時にソファからちょこんと顔をこっちに傾けて、夏陽が言った。

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