Act1. 小説の感想がもらえた

 今日の分の執筆の手を止めて、さっき淹れた紅茶を口に含んだ。

 死にたい少女音乃と死神少年はプロローグを経て、あたしのルーズリーフのノートの中で、すでに冒険をはじめている。恋がしたいという音乃の願いを叶えるために、二人はさまざまな場所を旅する。星の砂がちらばる海の浜辺、異国風の提灯が立ち並ぶ街……それはきれいな場所を、たくさん。

 文字がびっしり詰まったノートの上に、湯気といっしょにふわりと、ベリーの香りが充満する。

 こまめな休憩は大事。

 数秒間両手で包み込んだマグカップをそっとテーブルの上に置いた。

 作業用に一本縛りにした髪をふたつにわけてきゅっとひっぱる。


 野原花乃のはらかの。中学二年生。肩までのちょっとくせのある髪はふだん学校では二つに結んでいる。自分の部屋の机に座っている今は、白いパーカーにジーンズという、平凡きわまりないファッション。そんなあたしにも一つだけ、特徴らしい特徴がある。


 それは、少女小説家になるという夢だ。


 小説家志望のあいだでは、さいきんではフリーの投稿サイトに小説を載せることも重要な作品公開の手段になっている。

 あたしも、小説投稿サイトで自作の小説を公開している。

 反応なんかはまだまだ少ないんだけど、地道にアップしていけばいつか感想がもらえたりするかもと思っている。

 毎日ワンシーンずつアップしてきた小説も、今日ラストシーンをアップしたら、ひとまず完結だ。

 もちろん、まだまだ直したいところはあるから、これからさらに推敲を重ねる。大幅に変えるところも出てくるかもしれない。ほんとうの校了はとうぶん先なんだけど。

 とか一人ごちつつ、今日の分をアップするためにマイページを開く。


 画面左端に踊る赤い文字に、目が飛び出た。

『感想が書かれました!』


 ほんと!?


 はやる鼓動を抑えて、数週間前にアップしたプロローグの部分の感想ページを開く。


 死にたい主人公に言う死神の言葉。

『一年後の未来では……もう絶対に死にたくないと思ってる』

 そのセリフに、しびれました。


 画面に表示された、そのたったの三行が星の列になって、あたしの目の中にスパークリングのように飛び込んできた。

 熱くて強い、光の粒が舞うような。感じたことのない気持ちがきらきら、ぱちぱちと胸に踊り、たゆたっていた。

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