I(dol) love(s) you
ほか
プロローグ ~死にたがり少女のオープニング~
あたし、
小さく見えるスクランブル交差点。その上の歩道橋。
そこにうじのように移動する人間たち。
そのなかには、毎日あたしを殴って、悪口を言い、あざ笑い、川に突き落としたあいつらのようなのもいるんだろう。
でもそんなうんざりする世界とも今日でおさらばだ。
ビルの端から一歩踏み出す。
もういじめられて辛い日々もすべて終わる。
そう。
あたしは今から死ぬ。
その一歩を今踏み出す。
「ふーん」
その崇高なる一歩に、お邪魔虫が入った。
振り返るとそこには、変な少年が立っている。
透き通るような銀色の髪に、肩の部分がとがった真っ黒いコート。
金に近いきれいな瞳で無遠慮にかつ無感動にこっちを見つめると、彼は言った。
「あ、邪魔した? 気にせずどうぞ。死ぬんでしょ?」
どうでもいいことのようにそう言われた瞬間。
小爆発が、口から漏れた。
悔しくて、腹が立って、頭痛いくらいで。
そのまま、あたしは泣き出した。
その様子を黙ってしばらく見たあと、少年は言った。
「べつに、いいけどさ」
あいかわらずどうでもよさげな声で。
「もし、その一歩を踏み出さなかった場合、一年後の未来では、あんた、人生が楽しすぎて、あのとき死ななくてほんとよかった。もうぜったい死にたくないって、思ってるんだけど」
その言葉にとうとう、いらいらが頂点に達した。
「うそだ。……かってなこと言わないでよ!」
一瞬、マンションの人たちが何事かと見にきやしないかと肝が冷える。
それほど大きな声が出て、自分でもぶっちゃけ驚いた。
でも、少年は微動だにしない。
その金の瞳を一ミリも動かすことなく。
「それでも飛び降りるならとめないよ。どうぞお好きに」
カツカツと黒光りするブーツを響かせて、屋上から去って行く。
間際。
「でも」
少年が、振り向いた。
「人生の甘い部分って、なぜか苦い体験のあとにひょいっと出てくることが多くて。これがわからないうちに自殺なんかしちゃうやつってけっこう多くてさ」
「……なんで、あんたにそんなことわかんのよ」
うんざりだ。あたしは頭を振り乱す。
死ぬなんて親不孝だ。
生きたくても生きられない人もいるのに。
そんなキレイごとなんてもうたくさんだった。
たとえ親不孝でも、世界に生きたくても生きられない人がたくさんいようと。
あたしはもう限界だった。
その事実は変わったりしない。
「あぁ。それは、オレ、死神だからさ」
そのとき、上空の雲が通り過ぎて、太陽の光が屋上を照らした。
少年の金の瞳がかすかに光って、かすかに微笑んだ口元から、言葉が気まぐれのようにこぼれる。やりたいことがあったんじゃないの、と。
「いいの? 人生のデザートを味わってからじゃなくて」
その大胆不敵な笑顔と、雲が去ったあとの空が、脳天を貫いた。
突然の雷か、鉄砲を撃つ音か、ファンファーレのように、思い出した。
ひとつだけ。
学校でいじめられるようになる前まで、やりたいと思っていたことを。
「あたし……恋がしたいんだ!」
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