#6 サンタクロースをいつから
「いっきし!」とトナカイの恰好をした山田がすっかり赤くなっている鼻をすすった。「あの店長は絶対にこの格好をして外に出たことがないな。店の中でぬくぬくしやがって」
「まあまあ」と僕は山田をなだめた。チラリと店内に目を向けると、カウンターの裏でスマートフォンをいじっている店長の姿が見えた。申し訳程度に被っている赤いサンタ帽子が、ダラリとやる気なく頭に乗っかっている。
今日はクリスマスイブである。街行く人の表情は明るく楽し気で、足取りも軽そうに見える。駅前広場の中央に立っているクリスマスツリーにはイルミネーションの光が巻き付けられ、カップルたちが二人身体を寄せ合いその前で写真を撮っている。白い光が街中を照らし、今日をめいっぱい素敵な一日にしていこうじゃないかと皆に語り掛けているようだ。
そんな幸せな光が届くか届かないかギリギリの距離にある小さなケーキ屋の店先に、クリスマスケーキの店頭販売のアルバイトのために立っているのが僕と山田である。クリスマスイブにこの格好でいること、もしくは隣に立っているのが可愛い女の子ではなくこの山田であることから、自分が今年も負け組であることが分かりやすく理解できる。あちら側とこちら側。クリスマスを楽しむ側とその裏方。今年もどうやら自分は後者らしい。
「お前はサンタクロースの格好だからいいさ。なんで俺がトナカイなんだ」
「お前がじゃんけんに負けたからだ」
「うるさい。まあ百歩譲ってトナカイでもいいとして、この格好はおかしい。トナカイの恰好をさせるんならちゃんと毛皮の衣装にしろ、毛皮!」
通気性抜群の茶色い全身タイツに、トナカイの角が生えた安っぽいカチューシャを装着している山田は、さっきから両腕で身体をさすりながら、小刻みにその場で足踏みをしている。その度に頭の角がひょこひょこと揺れて今にも落っこちそうである。
「でもお前の恰好で喜んでる子供が結構いたじゃないか。それだけでも本望だろ」
「まあな。こんなに良いことをしてるんだから今年はサンタクロースが俺にとびきりのプレゼントを贈ってくれるだろうよ」と山田は言った。
二人で寒さを紛らわすために会話をしていく。いくらサンタクロースの恰好をしているからといっても僕も寒いのだ。寒空の下無言で立っているくらいなら、まだ山田と話しているほうが気がまぎれる。なぜ僕たちは店の外に締め出されてケーキを売っているのかと疑問に思わなくもないが、そんなことを考えていたら余計に寒い。
順調にケーキを売っていると、一人の少年がケーキを買いにやってきた。学ランにマフラー。おそらく中学生であろう男の子である。
「やあ少年。ハッピーメリークリスマス!」と山田が手を大きく広げながら言った。山田は客の前では一応ちゃんと接客をする。
「……これとこれ」と少年は俯きながらチーズケーキとモンブランを指差した。
「おやおや少年元気がないな。そんなんじゃサンタクロースからプレゼントをもらえないぞ?」と山田は少年になおも同じテンションで接する。嫌な店員だ。今時の中学生には一番嫌われるタイプだろう、と僕がケーキを箱に詰めようとしていると、案の定、少年から冷たい言葉が返ってきた。
「おじさん、そんな格好しながらそんなこと言ってて恥ずかしくないの?」
ピクリ、と山田の頬が動いたのに僕は気がついた。
「……そんなこと?」と山田の声のトーンがあからさまに変わった。接客モードはどこかに飛んで行ってしまったらしい。いやな予感しかしない。
「サンタクロースからプレゼントとか、それ本気で言ってんの?」
少年はポケットに手を突っ込みながら山田に挑発的な口調で返す。思春期特有のポーズと話し方がむずがゆい。が、しかし少年よ、山田にそんな態度をとってはいけない。
「まさかとは思うが、少年は『サンタクロースなんていない』なんてちびっ子みたいなことを言ってるんじゃないだろうね?」
「は? サンタなんていないだろ」
それを聞いた山田は大きくため息を吐いた。「これだから君は少年のままなのだよ」と心底残念そうに憐みの表情を浮かべた。
「整理しよう。君はサンタクロースを信じてはいないんだね?」
「俺は一回もサンタクロースなんて信じたことはないよ」
「ああ、はいはい、わかるわかる。そういう時期は誰にでもあるのさ。サンタクロースがいないことを高らかに言い回り自分が賢いことを見せつけるような時期があるんだ。でもな、そんなことを言ってるようじゃ、まだまだお子ちゃまなんだよ」山田は人差し指を立てる。「世間では『君はいつまでサンタクロースを信じていた?』なんていう質問が飛び交っているだろう? だがそんな質問をしている時点でダメなんだ。なぜならその質問はサンタクロースがいないことが前提の質問だからだ。サンタクロースを信じている人たちが幼くまだ子供であるかのような質問だ。くそくらえだ、そんな質問。いいかよく聞け。サンタクロースに関する正しい質問ってのはな、『サンタクロースをいつまで信じていたのか』じゃない。『サンタクロースをいつから信じるようになったか』だ。サンタクロースを自分の意志で信じられるようになったとき、それが『本当の大人』になったときなんだよ」
「……何言ってんのこの人」と少年は僕に向かって言った。
「さあね。あんまり気にすることじゃないよ」
「そう! 少年はまだまだ少年のままだが、そんなことは気にすることではない」と山田はさらに声を大きくして言った。「世の中にはまだこのことに気がついていないどうしようもない年齢だけが重なった奴らってのがたくさんいるんだ。サンタクロースがいないという結論を出して大人になったような錯覚に陥ってしまっている奴らだ。でもな、そんなつまんねー奴らは大人って呼ばないんだよ。大人ってのは大きい人と書いて大人だろ。つまりその人の世界が大きい人のことを指す。器がデカいとも言うな。器がデカい人の世界にはサンタクロースはもちろんのことペガサスだってユニコーンだって河童だって宇宙人だって戦争のない平和な社会だって存在する。だが一方で器が小さい奴らの世界にはそんなものは入ってない。それらを入れるだけのスペースがないからだ。そんな奴らの世界に誰が入っていきたいだろうか。俺は嫌だね。そんなつまんねー世界は。でも少年は運がいい。俺からこんな有難い話を聴けたんだからな。今からでも遅くない。少年よ! 大志を抱くのだ。大きい世界を作る志を!」
最後にクリスマスツリーの方向に指差して、山田は高らかに締めくくった。道行く人が不思議そうにこちらを見ている。
当の少年はというと、僕からケーキの箱を受け取りお会計を済ませていた。どこまで山田の話を聞いていたのか、それは僕にもわからない。
「おい少年、どうだ? サンタクロースはいると思うだろう?」
「……うるせーバーカ!」少年はそう言うと、ケーキの箱を小脇に抱えて、走って駅前のほうに行ってしまった。
「おい、ちょっと待て!」と山田が叫ぶも、少年はすぐに人ごみに紛れて見えなくなってしまった。山田の頭に乗っていたトナカイの角が地面に落ちた。
「まったく子供の相手は大変だな」とトナカイの角を拾いながら山田はつぶやく。
「お前は中学生相手に大人げない奴だよ」と僕は言った。
「俺は大人だよ。最高にイカしてる大人だ。そう思うだろうサンタクロースよ」
「……うるせーよ赤っ鼻」
「お前! それはサンタクロースが唯一言ってはならないセリフだぞ!」
駅前広場から賑やかな声が聞こえてきた。クリスマスを大いに楽しんでいる大人の声だ。
山田がまたなんか言ってる コイケ @koikeyasan31
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