37【不穏】


「着いたぞ」

「ありがとう、お姉ちゃん」


 そう言って雫は車から出てくる。

 車を走らせ、俺が以前フルールと一緒に来たショッピングモールへとやって来ていた。何故か? まあ、簡潔に言ってしまえば買い物である。冷蔵庫の中身が空っぽになってしまったので買い出しをしに来た訳だ。


「……よし、大丈夫そうだな」


 周りを見て警官とかが居ない事を確認し、車の鍵を閉める。。


「どうしたの? 周りをきょろきょろして」


 周りを見ていたことに気付いたようで、雫がそう問いかけてくる。フルールは前の出来事を知っているからか、何か笑いをこらえているように見える。笑うなし……意外と気にしてるんだぞ?


「いや……別に」

「そうなの?」

「まあ、奏は以前あんなことがあったからねえ」

「あ、こらフルール!」

「あんなこと?」


 何バラそうとしてるんだよ!? ほら見ろ、雫が気になり始めるじゃないか!


「別にいいじゃない。減るもんじゃないし。実はこの前、ここに来た時にお巡りさんに呼び止められたのよね、奏が」

「え?」


 フルールの言葉にきょとんとする雫。


「それってどういう……」

「ほら。今の奏ってどう見ても女の子じゃない? 身長も低いし。だからその姿で運転していたからお巡りさんに声をかけられちゃったって訳」

「なるほど……」


 納得と言った顔で俺の方を見てくる雫。フルールめ……地味に気にしてることを。減るもんじゃないとか言ってるけど、バリバリ俺の精神が削られたぞ!?


「まあ、免許証もあったしそれで事なきをことを得たんだけれどね」

「……めっちゃ驚かれたがな」

「お姉ちゃん、すねてるの?」

「うるさい。意外と気にしてるんだよ……はああ。もう帰っていいか?」


 何かもう帰りたい気分になってしまった。


「お姉ちゃん!? 駄目だよ! 帰っちゃ。あ、車に戻らないで! 冷蔵庫の中身空っぽなんだから、せめて何か買わないと!」


 車に戻ろうとしたが、雫がそんなことを言いつつ俺の手を掴んできたので、戻ることは叶わなかった。


「はあ」


 それもそうか。

 帰ったらここまで来た意味がないしな……それに、冷蔵庫の中身が空なのはさっきも言ったと思うけど本当のことなのでこのまま帰ってしまったら夜とか何も作れないな。コンビニで弁当を買うって言うのもいいけど。


「ってか、雫。そのお姉ちゃん呼びは一体……」


 凄い今更感がするが、何て言うか……お姉ちゃん呼びは流石にこう身体がむずっとすると言うかくすぐったいと言うか……何て言うんだ? 取り敢えず、聞き慣れないし勘弁して欲しいと思ったのだが……。


「だって、今はお姉ちゃんでしょ? 家の中とかならいいけど、他にも人が居るような場所でそんなこと言ったら変でしょ」

「……まあ確かに」


 以前ここに来た時に、俺もついついナンパ男から葵と香菜を助けようとした時に”私”って言ってたしなあ……。雫の言うことは確かに一理ある訳で。

 家の中とか俺のことを知っている人の中(結局雫とフルールだけしか知らないけど)……要するにプライベートなら問題ないだろうが、赤の他人がたくさん来てるであろうこんな場所で、明らかに少女な見た目の俺に対してお兄ちゃん何て言ったらおかしいと思われるだろう。


 俺だけではなく雫も変に思われてしまうだろうし、それはちょっと嫌だな。


「分かった分かった……。じゃあ行こうか、雫」

「うん!」


 買うもの買わないとなと思い、俺の方から手を差し出すと雫は少しだけ驚いた顔を見せるものの嬉しそうに俺の手を握る。あ……俺から手を差し出すなんてあまりないからか。


 ……それを思い返すと、俺自身もちょっと驚く。今の完全に無意識でやっていたことだしな。まあいいや……そんな訳で俺と雫、それから俺たちの周りをくるくると飛び回っているフルールはそのまま店内に入るのだった。





□□□



 


「……」

「お姉ちゃん?」


 何だろうか。

 凄い視線を感じる。いや悪意があるとか嫌なものとかではないのだが……簡単に周りを見回してみると、何かいい歳? のおばちゃんとかたちが、こちらにどこか微笑ましいような感じで見ていた。


「な、何か視線を感じるんだけど」

「んー? 確かに感じるけど、別に悪いものじゃないでしょ?」

「悪意みたいなものはないのは分かってるんだけど」


 ……さっきおばちゃんと言ったがもちろん、おばちゃんではない人も居る。明らかに学生みたいな子たちとか……流石に何を話してるかまでは聞こえないけど。


「……まあ、雫も奏もかなり容姿もいいから、それもあると思うわよ?」

「え……雫は分かるけど、も?」

「いや、お姉ちゃん……自覚ない? 私としては可愛いと思うよ? 真面目にモテると思う」

「モテても嬉しくない……」


 言うて、男たちはこちらを何かチラ見しているような感じなだけで、視線のほとんどは女性からなのだが。


「というか今、お姉ちゃん自分のこと、私って言ってたよね? やっぱりそっちの方がいいよ!」

「そうしろと言ったのは雫とフルールだろ……俺はこっちのままがいいのに」

「だって、その見た目で俺っておかしいじゃない? まあ俺っ娘って言うのも存在はするけどね」


 ……はあ。

 確かに今のこのナリで”俺”を使うのは、自分はいいけど周りからすれば違和感バリバリだろう。そう言っても中身は俺なのでこればっかりはどうしようもない訳で。

 でもまあ……人の目があるところで俺を使ったり、俺のことを雫にお兄ちゃんと呼ばせたり……そうするのはさっきも言ったけど、雫も変な目で見られてしまうだろうし……雫は気にしなさそうだけど、それは流石に申し訳ない。


「はあ。分かった分かった。コホン……私」

「嫌がる割には、結構様になってないかしら? 今更だけど」


 そんな中、フルールが俺にそんな疑問を投げてきた。


「ん? 一応私も社会人を経験していたからね。私って使うのは別に珍しくないよ」


 一応これでも数年ではあるけど、会社働きをしたいたのだが……ちょっと色々あって辞めてしまった。会社自体はホワイトでもブラックでもないんだけど……まあ俺には合わなかったと言う感じだろうか。


 辞めてしまっているので俺の収入源は0だが、両親が昔仕送りをしてくれてたお金もあるし、父さんと母さんの行方不明を知ったお祖父ちゃんとお祖母ちゃんが毎月、そこそこのお金を送ってくるんだよね。それが2回分……父方の祖父母と、母方の祖父母からくるものだから、実質倍以上。

 だからこうやって普通の生活できているんだけど……。


 真面目に申し訳なくて何度か連絡を取っていったんだけど、子供が無理しないのとか、気にするなとか。そんな感じの言葉が返ってくるだけだった。その言葉には善意だけしかなかったし、結局そのまま今に至る。


 25歳って子供なのかね? ……祖父母からすれば子供なんだろうな。


 とまあ、これで分かる通り両親は行方不明だけど祖父母はまだ存命だ。どちらの祖父母も昔から本当に優しくていい人たちだと思う。祖父母……まあ父さんと母さんの親になるけど、結婚とかもどちらも応援してたみたいだね。自分の子供の恋だからそりゃそうか。

 雫も俺も可愛がられてた記憶がある。


 因みに俺が仕事を辞めたってことはぶっちゃけ、正直に話している。だから今の俺が無職であるのは知っていると思う。


「このままなのは駄目だって分かってるんだけどなあ」

「お姉ちゃん?」


 完全に今の俺は祖父母のヒモである。本当なら立場は逆だと思う。だからちょっとではなく本当に申し訳ない気持ちでいっぱいである。一応……俺も両親と祖父母を連れて旅行に行かせたかったなって言う願いはあった。

 まあいわゆる、親孝行みたいな? ……結局それは叶わずだったけど。


 そう言えば戸籍云々が変わってるけど、今の俺のことを見たらお祖母ちゃんもお祖父ちゃんもどう思うんだろう。この姿になってから連絡も取ってないし、心配してるかな? 今のところ、向こうから電話はかかってきてないけど……。


「お姉ちゃん!」

「!? 雫? どうしたの?」

「どうしたの、じゃないよ。何か凄い考え込んでいたし声をかけても反応なかったし……心配したんだからね」

「え? というかここは?」


 俺の最後の記憶と場所が変わっていることにまず疑問を覚えてしまう。


「フードコートだよ。買い物し終わってここに来たじゃん」

「そうなのか……そんな考え込んでたのか」

「そうだよ! 表情も結構コロコロ変わってたし……お姉ちゃん、悩み事でもあるの? 私で良かったら聞くよ?」


 移動していることすらも気付かずに考えていたのか……いやよく何もぶつからずに済んだな? というか普通に歩けてる方に驚きなんだが。


「ごめん。ちょっと色々と思うことがあってね」


 もしかしたらぶつかりそうな時は雫とかフルールが避させたって可能性もあるか。

 それは置いとくとしても、駄目だな。無駄に考えて、雫にも心配されてしまった。でも実際のところ、俺のことを知っている人からするとどういう感じになっているのかは気になってるんだよな。


 ……一度、祖父母に電話、してみようか?

 誰と言われたら、雫を利用するのはあれだけど……雫の記憶が皆には戻ってるはずだから、それで誤魔化そう。雫ですって感じに。


 ……かける場合はね。もちろん、雫には相談するつもりだけど。


「雫、ごめん。大丈夫だ。……お腹空いてないか? 丁度フードコートだし何か買おうか」

「お姉ちゃん……あまり無理しないでね。……お腹は空いてるかも」

「無理はしてないよ」


 多分。

 フードコートに設置されている時計を見れば、時刻はもうお昼時になっていた。徐々にではあるけど、フードコートに利用客が増えてきているように見える。

 何でもあるし、時間も丁度いい。ここでお昼を食べてから帰るかな。


「ここで食べて行こうか」

「うん」


 そんな訳で席を探そうとしたところで、それは起きた。


「!?」


 モール内に警報が鳴り響く。


「警報……しかもこれは」

「お姉ちゃん……これって警報だよね? アンノウンが出る時に鳴る……」


 突然鳴ったものだから驚いたのか、ちょっと怖がりながらも俺に近付いてくる雫。


『緊急避難警報! 緊急避難警報! 対象地域の人は速やかに避難してください!』


 そしてそんな中、警報と同時に聞こえる音声。これはこの前にも聞いたことがあるやつだ。


「間違いなくUEアラートだな。しかも……緊急避難警報の方だ」


 この前鳴ったものと同じ『緊急避難警報』

 これはレベル4以上のアンノウンを観測した際に鳴る警報だ。だからこれが鳴ったということはこの付近というか、この地域にレベル4以上のアンノウンが出現するということだ。


 突然ではあるものの、利用客については凄く冷静に落ち着いて急いで避難を開始している。普通なら騒ぎ出したりするだろうけど、やはり慣れってやつなんだろうな。


 ……さて、どうしたものか。



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