34【アイス・メロディー】


 魔法少女アイス・メロディー。

 それが首都凍結フリーズ・シティを起こした魔法少女もとい、雫の魔法少女としての名前である。そう忘れていたあの魔法少女の名前だ。妹だったことすら忘れていたからな。


「どう、お兄ちゃん?」

「お、おう……可愛いと思う」

「ふふっ! ありがとう。でも変身出来るとは思わなかったなあ」

「魔法少女としての資質があれば魔力がなくならない限りは変身出来るとは思っているけれど……如何せん魔力と同じように魔法少女についても分からないことが多いのよね」

「そんなこと言ってたな」


 そこそこ前だけど。


 アイス・メロディー……雫の魔法少女の時の容姿は、リアルの姿とは打って変わり、黒いセミロングの髪は白銀に輝く髪になり、目の色も黒から銀色へと変化する。

 髪も伸びており、それを左側にサイドテールで結んでいる。結んでいる部分には雪の結晶を模しているデザインの髪留めだ。


「……何か俺と似てないか?」

「ええそうね……まさか変身後の姿まで似ているとは」


 髪型は違うが、髪の色や瞳の色については一緒だし、変身した時の俺と同じように、頭の上には天使のリングのようなものが浮いている。更に言えば、背中から同じように二対四枚の白い羽が伸びていた。


「雫もかなり氷属性に対して適性があるってことか?」

「そうね。そもそも私が彼女を魔法少女にしたのだって、奏と同じように非常に強力な力を感じたからよ。心なしか以前より強くなってる気がするわねえ」


 そうなのか。

 ……待てよ。よく考えたら俺に似ているのではなく、俺が雫に似ているってことだよな。変身前の姿も変身後の姿も……どちらも雫を元にしている、そんな感じ。


「ってか。俺に似ているではなく、俺が雫に似すぎている、だよな」

「あ、それはそうね……雫が先に魔法少女になってたんだし、元の方の身体も……」

「双子って言っても通用するかもね!」

「いや、身長が少し違うだろ」


 俺の身長は150cmあるかないかくらい……だと思うが、雫は146cmくらいはありそうな感じだ。誤差と言えば誤差ではあるけど、まだ俺の方が少し高いので兄と言っても問題ない。いや今の姿で兄とか言うのは流石にアレか……。


 ただ……俺は年齢そのまま25歳だが、雫はどういう扱いになるのか?

 これについては戸籍謄本の確認をした。結果としては今まで消えていたはずの雫に関する記載が追加されており、年齢についてはそのまま5年前から加算されており、20歳となっていた。


 本当に色んなところから雫に関する情報とかが消え去っていたってことだ。今回、雫を助けたから恐らく……今まで忘れていた人たちも思い出しているはずだ。どういう感じに思い出すかは人によるだろうが。


 とは言え、彼らが知っているのは野良の魔法少女であるアイス・メロディーだけ。リアルの姿については分からないので、変身しない限りは雫が目立つってことはないと思う。


「このくらい誤差だもん!」

「……まあそうかもしれないけどな」


 雫は凍っている間は時間も止まっていた訳だし、成長も止まっていたはずなので、氷から抜けた雫は止まっていた成長が再開する可能性は高い。ちょっと前に言ったと思うけど。

 そうなると俺の場合は多分25歳ってことだし、雫のように時間が止まっていたってこともないので成長はあまり期待できないと思う。身長はあっさり抜かれるかもしれないなぁ……。


 ……元の身体に戻れるかな。


「魔法も問題なく使えそう! これならお兄ちゃんと戦えるかも」

「それはそれで面白そうだけど、雫は当分の間は療養な。5年間もずっと氷の中に居たんだから……」

「お兄ちゃん……」


 雫は助けられたが……まあ問題はそれ以外にもあるんだよな。

 まずは俺の身体。元の身体に戻れるかどうか……戻れたら戻れたらでそれは嬉しいが、今のところ何も分かってないのでどうしようもない。地道に探すしかない……と言ってもまじで何から探せって話なんだよな。


 一旦身体は置いておくとしても、他にもある。


 雫のことだ。リアルの姿は割れないはずなので変身しなければ問題ないだろう。それに、死んだと思われていたアイス・メロディーが姿を見せたらそれはそれで、どうなるか分からない。

 一緒に戦えるかも、と言ってくれたのは嬉しいが……雫はある意味で有名人でもあるので当分の間は変身はしないよう言っておかないとな。魔法省の動きも気になるところだ。


 魔法の練習とかについてはフルールの家に行ってもらえば、そこで出来るだろう。まあ雫が練習したいと言うなら、だけど。


 それに俺自身もしばらくの間は戦うつもりはない。いや自分の住んでいるこの地域の近くとかに現れた時とかは戦うかもしれないが、今はそれよりも雫が優先だしな。


「それに、雫。お前忘れてるだろ」

「え?」

「雫……魔法少女アイス・メロディーは、その身を犠牲に首都を凍結させたってことになってるってこと」

「あ……」


 そう言うと雫も気付いたように声を出す。


「正式には死んでいるとは言われてないけど、死んでいると同じような状態だし、そんな中お前が出てきたら大騒ぎになるぞ」

「た、確かに……大騒ぎされるのはちょっと嫌かも」

「まあ……これも理由ではあるけど、一番は雫が心配なんだよ。時間が止まっていたとしてもずっと氷の中に居たんだから。それに雫、お前まだ本調子じゃないだろ? 元気はあるみたいだが」

「お兄ちゃん……はは。やっぱり私の好きなお兄ちゃんだね」

「おま、またそんなことを軽々しく……」

「うん。特にこれと言った問題はないんだけど、やっぱりちょっとだけ身体が重いようなそんな感じもするんだよね。日常生活に支障を出すレベルじゃないけどね」


 時々ふらっとする時があるので、まだ身体が本調子じゃないって言うのは気付いていた。とは言え……冗談とか言ったりふざけるくらいには普通に元気だけど。


「それから俺はしばらくは戦うつもりはない」

「え?」

「雫を優先したいからな」

「!」

「そりゃ、家の近くとかにアンノウンが出てきたら倒しに行くけど。それに、雫を助けると言う一つの目的は達成した。後は元の身体とかについてなんだが、こっちについては全くと言っていいほど手掛かりも何もない。まず何を探すかすら分からん。取り敢えず情報収集が必要だからな」


 情報収集って言っても地球にそんな性別が変わる魔法なんて存在するとは思えないが……フェアリーガーデンに行って調べるのも一つか。魔法についてはぶっちゃけ、地球よりフェアリーガーデンの方が色々と情報がありそうだ。


「今日は取り敢えず俺もゆっくりするかな……」

「それならお兄ちゃん……」

「ん?」

「今日は久しぶりに一緒に寝て欲しい」

「!?」

「お兄ちゃん、顔赤いよ? 私と寝るのが恥ずかしい?」

「おま、知ってて言ってるだろ!?」

「えへへ……でも、一緒に寝たいのは本当だよ」


 ……。

 どうしよう、突然すぎて困る。いや突然なのも困るけど、そうではなくて……いや確かに昔は一緒に寝ていた時があったし、最近……と言っても5年以上前になるけど、その時にたまに俺の布団の中に侵入してたりしてた。

 流石にそれはどうなのって思うのだよ。5年前だって雫は既に15歳で、俺は20歳……これは例え兄妹でも一緒に寝るっていうのはまずいのではないだろうか。


 そして今……25歳と20歳で、既に成人。雫の場合は15歳の時のまま止まっていたと思うが……でも年齢上では20な訳で。


「いや流石にそれは色々とまずいのでは」

「えー?」

「いやそもそもお前は気にしないのかよ!?」

「え? 私は別に気にしないよ! さっき言ったじゃん。一緒に寝たいって言うのは本当だって」

「えぇ……」 

「だめ?」

「うっ……」


 その上目遣いはやめろ。


「はあ……はいはいもうどうにでもなれ」

「やったー!」


 ……結局俺は折れた。

 そんな自分自身に呆れてしまうものの、頑なに拒否したらしたらで後でこっそり入って来るなんてことがありそうだしな。雫ならやりかねない……お前に羞恥心というものはないのか。お兄ちゃんが好きだから関係ないですかそうですか。


 俺はちらりと喜ぶ姿の雫を見る。既に変身は解除しており、アイス・メロディーの姿はそこにはなく黒髪黒目のセミロングの姿に戻っている。

 確かに雫はまあ、可愛いと言っても過言ではないと思う。別にシスコンだからって訳ではなく、客観的に見ても、だ。実際学校に行っていた頃は告白とかもあったみたいだしな。全て断っていたそうだが。これ、前に言ったっけ? まあいいや。


「この子、昔からあなたのことよく話していたわね。そう言えば……」

「そうなのか」


 若干やけくそ気味な俺に対し、フルールが思い出したと言わんばかりにそう声をかけてきた。


「口から出るのはいつもお兄ちゃん……つまり奏のことばかりだったわね」

「……」

「色々と雫のことも思い出せたから、これも言えるわね」

「なんだ?」

「雫は多分、あなたに惚れているわ。真面目な話……好きって言う言葉にも嘘も何もなく普通にあなたのことが好きみたいよ」

「……」


 だろうな、と俺は思う。


「本当は気付いているんでしょ」

「まあな。兄妹だし、嘘とか本当かだってそうだし、本気かどうかだって分かる」


 雫の俺に対する異様な好意。

 あれら全ては本物であり、間違いなく俺に気があると言い切れる。自意識過剰と言われるかもしれないが、兄妹だぜ? 10年以上も一緒に暮らしていた妹だ。相手が嘘とか言っているかなんて分かる。


 それに気付いたのはいつだったか。

 首都凍結よりももっと前からだったかな。告白やラブレターを断ったのは既に好きな人が居たからだ。そう、好きな人が居たから。


「でもそれは叶わないもの……って言うのも雫はちゃんと分かってるんだろうな。その上でこうやってアプローチしてきてる」

「叶わないのならせめて、一緒に居る時間を増やしたいんでしょうね」


 兄妹。

 そう、俺と雫は同じ両親の血が流れている正真正銘の血の繋がった妹である。だから雫が俺に惚れたとしてもそれは叶わないものだ。それは雫も理解してるんだろうと思う。


 それに今の俺は、こんなナリだしなあ。この今の身体とも血は繋がっているんだろうか……でも戸籍謄本では今の俺の状態で家族になってるみたいだし、繋がってるってことなのかな。


「5年の時もあるし、雫を助けたのも奏だし、余計にね」

「……そう、だな」

「奏自身はどうなの? 雫のことどう思ってるの?」

「俺、か……」


 俺は雫に対してどう思っていただろうか。大事で大切な妹だって言うのは間違いない。


「……分からないな。大事で大切な唯一の家族で妹、だろうか」

「ふーん……」

「な、なんだよ?」

「いえ別に」

「気になるだろ……」


 俺は雫に対してどう思っていたか。

 さっき言ったように大事で大切な妹……なのは間違いない。嫌いではなくむしろ、俺に懐いてくれている妹は可愛いし好きと言えるだろう。ただその好きがどういう好きかと言われれば……うーんって感じだな。


 取り敢えず……雫にはゆっくりとしていて欲しいな。



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