33【兄妹Ⅱ】


「そう言えば、雫」

「どうしたの? お兄ちゃん」


 お昼ご飯に使った食器を洗いながら俺はすぐ隣に居る雫に声をかける。何で隣に居るのかと言えば、まあ、自分の食器くらいは自分で洗うよと言ってきたからだ。

 正直、2人分しかないし俺だけでも十分なのだが……それに雫は元気になっているとは言え、ずっと凍ったままだったんだからゆっくりしていて欲しかったしな。


 まあ、結局は許可しちゃったのだが。多分、自分を洗うのは建前で俺の近くに居たかったとかそんな感じなんじゃないかね……流石に自意識過剰すぎるか? でも雫を見ると普通にあり得るからなあ。


「今も魔法少女に変身できるのか?」

「ん? あーどうだろ。ずっと氷の中だったし」


 ふと気になった。

 一応、雫は魔法少女として活動していたし今もまだ変身が出来るのだろうか? 仮に出来たからと言って何かをさせるということはしないけどな。


「アブソリュート・ゼロを使った時は魔法少女だったよな」

「え? うん」

「でもお前、変身が解除された状態で凍っていたよな」

「そう言えばそうだったね。魔法少女の状態でしか魔法は使えないはずだし、間違いなくあの魔法を使った時は変身していたはず」


 魔法を使ったのは間違いない。

 しかし、凍っていたのはリアルの方の身体だった。普通なら魔法少女のまま凍っていてもおかしくないが……。凍る前に変身が解除されたってことだよな。


「それは多分、魔力切れで魔力装甲が消えたんだと思うわよ。アブソリュート・ゼロはその効果もとんでもないものだけど、その分消費する魔力も多いし」

「あーなるほど」


 ひょっこり姿を現したフルールが話に入ってくる。


「魔法を発動した際に、体内の魔力が足りなかったから体外の魔力を取り込んだのかも」

「え。体外の魔力? それって魔力装甲だよな」

「ええ。驚くことはないわよ。以前、言ったじゃない。体外の魔力と体内魔力は繋がっているって」

「ああ、言ってたな」

「通常は体内の魔力が体外の魔力……魔力装甲を補っているけど、逆も可能なのよ。お互い繋がっているから」

「逆……体外の魔力で体内の魔力を補えるってこと?」

「その通り。まあ、普通はしないけれどね」


 それはそうだろう。

 だって、魔力装甲は魔法少女を変身させているものであり、本来魔法少女が受けるべきダメージを肩代わりしてくれて守っているのだ。

 それを体内の魔力にしてしまったら、魔力装甲が弱くなると言うか……下手すれば変身解除になってしまう。


「体外の魔力で体内の魔力を補うことは可能だけど、それをすると当然魔力装甲が消えてしまうから、全てを体内に戻してしまうと変身が解かれてしまうわね。限界ギリギリであれば辛うじて変身を維持できると思うけど、少しでも攻撃をかすったりすれば終わりね」

「だよな」

「うん……あの時、私体内にある魔力の量がそこまで余裕なかったことは分かってた。それでも何とかしないとと思って無理やり魔法を使っちゃった。お兄ちゃんに無理すんなって言われてたのに」

「雫……」


 俺が言ったことを守ってくれたのか、あれ以降は雫が無理することはなくなったのは事実である。毎回、余裕そうに普通に帰って来ていたしな。首都凍結フリーズ・シティの日までは。


「恐らく、それで体外の魔力も使ってしまって魔法発動と同時に変身も解除されたんだと思うわよ」

「それで解除された状態で凍っていたんだな」


 自分の食器を洗い終わらせ、手を洗った後、タオルで手を拭きながらフルールと雫の方を見る。


「ふぇ? お兄ちゃん?」 


 ちゃんと拭いた手で隣に居る雫の頭を撫でる。雫はいきなりのことで、きょとんとしているようだった。この姿になっているとは言え、身長はまだ俺の方が高い。

 雫の場合は成長も止まっていた訳だから、もしかしたら今後身長が伸びるかもしれないな。そうなると多分、俺はあっさりと抜かれると思う。


 俺の場合は凍っていた訳でもないし、こんな見た目になってしまったものの年齢に変化はないからな。多分もう身長とかは伸びないんじゃないだろうか。

 男に戻れたら伸びるけど、それでも160あるかないかだしな。


「いや本当に無事でよかったって思ってな」


 凍っていた訳なので無事と言えるかは分からないが。雫は特に嫌がる素振りは見せず、気持ち良さそうに目を細めていた。


「お兄ちゃん……嬉しいけどくすぐったい」

「おっとすまんな」


 そう言われたので手を離せば、名残惜しそうに離れていく俺の手を見る雫。


「それで、結局雫は魔法少女になれるのか?」

「一応キーアイテムはここにあるけど、どうだろ」


 そう言って俺に見せてくるのは、ネックレス型のキーアイテムだった。ん? 何か見たことあるような既視感があるような……いや待て。

 そこで俺は気が付く。俺自身が今付けている変身するためのキーアイテム……それを手に取り、雫の物と比べてみる。


「おいおい……キーアイテムまで似てるのか」

「え? 本当だ! 凄い!」


 雫のキーアイテムもネックレス型で、更に言えば俺の物とそっくりな雪の結晶を模している宝石が付いていたのだ。結晶の色はほぼ一緒で、ネックレスの紐の色も似ている。

 唯一違うのは雪の結晶を模しているこの宝石の形が微妙に違うくらいか? そう言えば雪の結晶で唯一無二って何かで聞いたことある。


 それは置いとくとしても、よく見ないと分からない違いである。


「ある意味凄いわね……いえ魔法少女にしたのは私なんだけど。キーアイテムって人によって変わってくるから、そこまでは私でもどんな物になるか分からないわ」

「何なんだろうなほんと……怖いくらい偶然が重なってるな」

「それ程、私とお兄ちゃんは似ているってことだよね! 相性もいいのかも!」

「はいはい……」

「反応薄いなあ……」


 そう言われても。




▽▽▽




「じゃあ、やってみるね」


 そんなこんなで数分経過した頃、俺と雫は炬燵のある部屋に戻って来ていた。と言っても、この部屋が実質リビングと言ってもいいと思うが……台所もすぐ隣だし。


 変身用のキーアイテムとして、俺も雫もネックレス型の物であり、しかも色々と似ているところが多いと言うかほぼ同じと言っても過言ではない物だったのである。いやまさかキーアイテムまでもがそっくりだとは思わなかった。


 そんな雫はさっき俺が聞いたことを確かめるべく、キーアイテムに手を当てて変身しようとしているところだ。あれから5年も経過しているし、変身は出来るのだろうか? まあこれは単なる俺の好奇心なのだが。

 と言っても雫自身もフルールも気になっているみたいだったし丁度いいのかな。


 雫の魔法少女の姿……は一応夢の中でも見ていたし、雫関係のことを思い出した今なら、当時のこともはっきりと思い出せるのでどんな姿なのかは分かっている。

 分かっているけど、変身出来るか出来ないかは分からないな。でもまあ……俺はちらりと雫を見る。すると、その視線に気が付いたのか、雫はこちらに向けて笑顔を見せる。


「っ!」


 何かよく分からない感覚に思わず目を逸らした、何だ今の? まあいいや……普通に大人しくしていれば、可愛いとは思うんだけどなあ。

 

 うん。シスコンとかそういうのを抜きにしても恐らく雫は可愛い部類に入る一人だと思う。普通に学校に行っていた頃は、クラスの中でも結構人気があったらしいしな。雫の友達に聞いた話だけどな。

 時々友達を連れて家に来たりとかもしていたし……コミュ力高いよなあ。俺とは大違いだな。兄妹と言っても、全てが似るなんてことは滅多にない。居ないと言っている訳ではないけど、少ないってことだな。


「――チェンジ”アイス・メロディー”!」


 ネックレスに付いている雪の結晶のような宝石を掲げ、雫は変身する際のキーワードを紡いだ。それによって、雫の周囲に眩い光が放たれ、俺も思わず目を瞑ってしまった。


 そして、光が収まったところで目を開くとそこには……。


「変身出来たみたい!」


 見覚えのある、魔法少女の姿になった雫が居たのだった。



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