32【兄妹】
雫が目を覚ました日の翌日。
すっかり元気になった雫は、俺と向き合う形で炬燵に座っていた。そんな俺と雫の間にはフルールが居て、座ってたり飛び回ったりしている。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「私ってどれくらい寝てたの? あ、凍っている間のことは除いて」
「一昨日の昼くらいにお前を見つけて寝かせて、昨日の昼に目を覚ましたから……まあ1日くらいだな」
「1日、か」
「ああ」
5年も凍ったままだったのに1日で目を覚ますって言うのは結構凄いことだよな。いや俺としちゃ、早く目を覚ましてくれた方がいいし、安心できる。
雫を見る。俺と同じ黒い髪は肩にかかるくらいの長さのセミロング。瞳の色も同じように黒だ。でもって、偶然だか知らないが、俺の今の見た目にどこか似ているんだよな。
いや、兄妹なら似ているのはおかしいことではないのだが……そうではなく、今の俺。つまり女になっている俺の方の容姿に似ているのだ。むしろ、雫を元に作ったんじゃないかって思うくらいだ。俺の場合は背中にまで届くくらいのロングになっているけど。
まあ、元の俺の身体でも少し似ているところはあったから、そこはやはり兄妹なんだなって感じだ。
「何ぼうっとしてるのよ」
「いやちょっとな」
そんなこと考えているとフルールが声をかけてくる。それに俺ははっとなる。
「フルールも久しぶり。また会えたね」
「ええ、雫。良かったわ、無事で」
「5年ぶりの再会ってやつだな」
「お兄ちゃんもだけどね」
「まあな」
記憶から消えていた原因はまだ分からない。アブソリュート・ゼロが原因なのはほぼ間違いなさそうだが、それが原因だと断定することも今のところは出来ないしな。
でもこうやって雫のことも思い出せたし、助けられて本当に良かったと思ってる。ただこれからのことだよな……雫のことは助けられたし、後は俺の身体なんだけど……。
「そう言えばフルールと雫は面識があったんだよな? 雫を魔法少女にしたのもフルールだって一昨日教えてくれたけど……」
「うん。魔法少女になったその日、運悪くアンノウンに遭遇しちゃって……」
「ああ。それは知ってる。雫から教えてくれたしな」
俺は当時のことを思い出す。魔法少女になったと打ち明けてて来た時に、魔法少女になった経緯とかも教えてくれたのだ。フルールについては聞いてなかったが……。
その日、雫は学校の帰りにアンノウンに遭遇してしまった。当然、その時の雫は魔法少女でもなんでもなく、普通の女の子だった訳だ。そう一般人……だからアンノウンに遭遇したら逃げる他ない。
だけど、雫は恐怖で足がすくんでしまい逃げたいと思っても逃げられなかったと言っていた。アンノウンに遭遇……しかもすぐ目の前で、である。恐怖を感じない訳がないんだよな。
俺だって魔法少女になる前に遭遇した時、怖かったしな……。
「その時によく分からないけど、フルールの声も聞こえて……気が付いたら魔法少女になってた」
「ええ。雫には奏みたいに魔法少女に強い資質があったから。魔力量も普通に比べて多かった」
「雫にもそんな資質があったのか……」
ってか、今改めて思ったが魔法少女になる経緯まで似てないか?
「……」
「どうしたのお兄ちゃん。急に黙り込んで」
「いや……魔法少女になった経緯まで似ていてちょっとな」
「そう言えばそうだね……ふふっ! やっぱり私とお兄ちゃんは運命の糸で繋がっている気がするよ!」
「……はあ」
大事な家族なのは間違いないが……雫は昔と全然変わってないみたいだ。変わっていないって言うのはいいことなのかな。でも流石に色々と俺に対してのスキンシップが激しすぎるのは問題だよなあ。
どうしてこうなった? ってこれ何回言ってんだろうか……俺含め家族全員が原因だが。
「ため息つくなんて、お兄ちゃん酷い! そんなお兄ちゃんにはこうだ!」
「ちょ、おま…ん…やめろ! そこは……あはははっ!」
でも元気なのはいいことだなと思っていたら雫が急に炬燵から抜け出しては俺に近付いてきて、これまた突然脇腹にをくすぐってくる。いや、まじでそこはやばいって!?
「お兄ちゃん、その姿になっても弱点は変わってないんだね! それそれ」
「や、やめ! マジでそこはやばいから!?」
いや冗談抜きでやばいからな!? 誰か雫を止めてくれ!
そんな思いは空しく、俺が解放されたのはしばらく経った後のことだった。
□□□
「はぁ……はぁ」
「お兄ちゃん、何か色っぽい」
「誰の……はぁ……せいだよ」
恐らく今の俺は酷い顔をしているだろう。
そして雫の言う通り自分でも驚くほど色っぽい吐息が俺の口から出ていた。他人ならば良かったが、これは俺自身から出ているものである。信じられるか? 俺は男だぞ……。
早いところ、元に戻る方法を探さないと……。
「ごめんって」
「はあ……次やったら承知しないからな」
こうやって許してしまう辺り、やはり俺は甘すぎるんだろうな。もちろん、次やった時は本気で怒るつもりではあるが……果たして俺に本気で怒るって言うのは出来るんだろうか。
「夫婦漫才みたいなのは終わったかしら」
「今のどこに夫婦漫才要素があるんだよ」
漫才なんて生易しいものじゃない……真面目に死ぬかと思ったんだからな。脇腹はやばい……何がやばいのかと言えば、分からない。とにかく、俺は脇腹をくすぐられたり突っつかれたりするのは非常に苦手である。今の見て分かると思うが……。
「冗談よ。奏と雫って昔もこんな感じだったの?」
「昔の雫よりも酷くなってる気がする」
いや、昔も昔で雫はあんな調子だったけど。
気付いたらベッドに入り込んでいたりとか、なりふり構わず「お兄ちゃん大好き」とか言ったり……え? 羨ましいって? いや、よく考えてくれ。毎日のように言われるんだぞ? 流石に怖いわ。
まあそんな雫も時と場所を考えているみたいで、人がいっぱい居るような場所ではそんなことを言わない。まあ、くっ付いてきたりとかはしてきていたが、それだけなら仲が良い兄妹と言った感じに見られるだろう。
うん。
全く変わってない……俺としては嬉しいようなそうでないような、微妙な心境である。
「まあ、5年間も凍っていた訳だし、それもあるんじゃないかしら? そのうち、落ち着くと思うわよ」
「そうだといいが……ところで、フルール」
「何かしら?」
「元に戻る方法についてはどんな感じだ?」
フルールにだけ聞こえるくらいの声で聞いてみる。予想は付いているけどな。
「全然ね。事例がないからまず探しようがないのよね」
「だよなあ」
ネットとかで調べても当然だが、解決方法なんてものは出て来ない。出てくるのはTS……性転換を題材にしたWEB小説だとか、そんなものがほとんどだった。
そんなWEB小説たちの内容も、俺に追い打ちをかけてくるようにどれも元に戻れないと言う結果に至っている。そのまま女の子のまま過ごすとかが多い。後は……うん、精神まで変わってしまうというものもある。
「……はぁ」
「お兄ちゃん、元に戻りたいの?」
「聞こえてたか」
「うん。普通に……」
そりゃそうだ。同じ部屋で尚且つ近くに居るんだし、いくら声を小さくしても聞こえるよな。
「今のお兄ちゃんも可愛いしいいと思うなあ」
「いやいや……こんなナリでも中身が男だぜ? 雫も兄である俺が女になるなんて気持ち悪く思わないのか?」
「お兄ちゃん」
「な、なんだよ」
そんなこと言うと雫はさっきまでのふざけた感じがなくなり、真面目な顔で俺のこと見る。その変わり様に少しびくっとしてしまった。
「お兄ちゃんが気持ち悪い? 私がそんなことを思うと思う?」
「え、えっと……」
「お兄ちゃんのことが好きなのは今でも変わらない。私のことを探してくれて、こうやって助けてくれた。むしろ、昔以上にお兄ちゃんのことが好きなんだよ」
「し、雫?」
「お兄ちゃんが好きなんじゃなくて、お兄ちゃんという存在全てひっくるめて好きなの。性別が変わったからってお兄ちゃんは変わってない」
「そ、それは……まあ」
性別が変わっていても、中身はこうやって変わっていない訳だ。
「仮に変わってしまったとしても、私はお兄ちゃんが好きなのは変わらない。気持ち悪いなんて思う訳ない!」
「……ごめん」
雫のその気迫に俺はついつい謝ってしまった。それしか言葉が出て来なかった。
「話は終わったかしら」
「フルール……」
「いや本当にあなた達、仲が良いわね。稀に見るくらいのレベルじゃないかしら」
「まあ、雫は反抗期なんてなかったしな……」
「お兄ちゃんもお母さんもお父さんも、お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、みんな好きだもん」
さっきまでの雰囲気は
「とまあこんな感じだったからな」
「そうみたいね……取り敢えず、元に戻る方法とかは私の方で何とか探してみるわ。でも……最悪の場合も考えて欲しいわ」
「最悪の場合、か」
元より原因不明な現象だからな。
魔法少女になったから……と言っても、どうして魔法少女になったからって性別やら何やらが変わったのかが謎だ。魔力が強く動いた可能性、とフルールは言っていたが……。
「分かった。その場合のことも頭に入れておく」
「奏……ごめんなさい」
「いや、フルールが謝る必要はないだろ?」
フルールが悪い訳ではない。
確かに魔法少女になったのはフルールの影響だが、それでもあくまでそれは魔法少女になると言うもの。リアルの身体にまで影響を及ぼすなんて、フルールでも想定外だったんだから。
それにあの場で魔法少女になると言う選択をしたのは俺自身だしな。
「どんなお兄ちゃんでも、私は絶対嫌いになったりしないからね!」
「雫……」
少しうれしい。
「取り敢えず、お兄ちゃん」
「ん?」
「お腹空いた……」
雫のやつ、雰囲気をぶち壊しやがった……いやこれで良かったのかもしれないな。
「もうお昼だもんな。昼ごはん、作るか」
「やった!」
俺の言葉に喜んでいる雫に苦笑いをして立ち上がってはキッチンの方へ向かうのだった。
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