30【氷音雫】
「!」
思い出した。全部思い出した……この子……いやこいつのことを。
「奏! 良かった目を覚ましたのね」
「フルール……? 俺は一体?」
「突然その場に倒れたのよ。覚えてない?」
「……いや覚えてる。頭に鋭い痛みが走ってその場に膝をついたのも」
「ええそうよ。その後、倒れて気を失っていたのよ」
「そうか……」
俺はおもむろに起き上がり、そして少女の方へ近づく。あの時の痛みは何処へ行ったのか、すっかり痛みは引いている。そしてなんか懐かしい夢を見たような気がする。
「奏?」
「フルール。思い出したよ、こいつのことを……
「雫……あれ、その名前どこかで」
「え? フルールも知ってるのか? いや今はいいや。こんな大事なことを忘れていたなんて本当に情けねえ」
氷が解けても眠ったままの少女……雫の近くでしゃがみ頭を撫ででやる。
「
「! やっぱり妹さんだったのね」
「ああ。間違いない……大切な妹のことを忘れていたなんてな」
「それは仕方ないわよ」
雫。
今じゃ唯一の血の繋がった家族だ。こんな形で思い出すとは思わなかったけど、そうだよ。雫は野良の魔法少女として活動していた。ただこのことは俺と雫だけの秘密だったが。
「大切な妹……ようやく助けられた」
「奏……」
息はしているようだった。
やっぱりあの氷の中は時も止まっていたみたいだ。本当なら言いたくないけど死んでいてもおかしくない。5年間も凍ったままだったんだからな。
「5年間も時が止まっていたとはいえ、ずっと一人で氷の中に居たんだな」
止まっていたのはせめてもの救いだろうか。時すら凍らせるって言うとんでも魔法については、もう十分驚いたしな。
「そうね」
フルールは若干暗い表情でそう答える。
そう。時が止まっていたとは言え、雫はずっとこの氷の中で一人だったのだ。その存在すらも皆から忘れられたまま。正確には雫が首都凍結を起こしたということだけ覚えられていたのだが。
名前とかそれらだけが記憶が綺麗に消えるって言うのは、どういう原理なのか謎が多いが今はこうやって雫を思い出せたこと、助けられたことを喜ぶべきだろうな。
「! そう言えば、奏。魔力装甲は大丈夫なの?」
そんなことを思っているとはっとなってフルールが少し慌てて言ってくる。そう言えば、結構魔力装甲を消耗していたし、しまいには俺は気を失っていた。どれくらい失っていたかは分からないけど、その分魔力装甲も削られているはずだ。
「……ん? 何ともないな」
「え?」
「いや、正確には魔力装甲は今も少しずつ削れているんだけど最初の時ほど全く減ってないんだよな」
未だに魔力装甲が削れているような感覚はある。だけどそれは、さっきまでとは比べ物にならないくらい削れていく速度が遅くなっているのだ。これなら魔力の自然回復の方が早いような気がする。
「そう言えば、寒さも和らいできている気がするわ」
「ああ」
魔力装甲だけではない。
フルールの言う通り、さっきまではこの東京に居るだけでも結構寒かった。魔力装甲だとかそんなのがあっても寒さが貫通してきているような感じだったのに、その寒さも大分和らいできている……気がする。
「もしかして、首都を凍らせた魔法少女……奏の妹さんの氷が解けたことで、東京全体の氷も解け始めてる?」
「そこまでは分からないが……でもその可能性はあるよな」
魔法を使った張本人である雫を今こうやって俺たちが氷の中から出すことが出来た。5年間ずっとこの地を絶対零度に閉ざしていた魔法が切れ始めている……?
「仮にそうだとしてもこの氷全部が解けるのにどれだけかかるのかしらね」
「さあな……気温次第だと思うが、これから本格的に冬に入るしすぐに、とは行かないだろうな」
今は本格的に冬に入り始めている10月の下旬。これからもっと寒くなっていくだろうし、簡単には解けないだろうと思う。それでも、いつかはこの東京の氷も綺麗に解けるかもしれないな。まだ分からないけど……。
しかも今年の冬はかなり冷えると言うじゃないか。
10月に入ってから気温が大きく下がっているし、上旬から既に11月中旬並みの気温となっているのだ。若干気温が高くなった日もあったが、それでも平年よりは大きく気温が低いらしい。
「とにかく雫を家に連れて行かないとな」
「そうね」
確かに最初よりは魔力装甲の減りは遅くなっているけど、それでも減っているのであまり長居するのは危険だ。俺は雫の身体を背中に乗せておんぶする。
「雫……家に帰ろうな」
聞こえていないだろうけど、眠っている雫にそう声をかける。
魔法少女になっているので、こんなナリでも力はあるので普通に運ぶことは出来る。ただ元の身体の方だとどうだろうな……男の時だったら余裕だったかもしれないけど。
「奏。魔法少女の反応があるわ」
「調査している魔法少女か?」
「そこまでは分からないけど、多分?」
「んー。今会ってしまうのはややこしくなりそうだな」
「元より会うつもりなんてないでしょうに」
「まあな……」
しかしこうもタイミング良くこの辺りを通りかかるものだろうか。ここって東京タワーの真下だし、最初に調査していそうな場所だと思うが……まあいいや。
背中に乗せている雫を落とさないように俺は、その場から急いで立ち去るのだった。
□□□
「ここまでくれば大丈夫だろ」
「流石に家まで乗り込んでくるなんてことはないでしょ」
そんなことしたら不法侵入だしな。
俺とフルールはあの場から急いで去った後、フルールの感知能力だか何だか知らないけど、それを頼りに道を変えたりして1人にも会わずに家まで帰ってこられた。
普通なら1人やら2人なんてしょっちゅう会っているのだが、今回は雫を運んでいるのもあって会わないように帰ってきた。まあ雫を運んでいない時で会ったとしてもいつものようにスルーするだろうけども。
家に帰ったらまず、雫を部屋のベッドに寝かせた。
雫の部屋……俺の部屋のすぐ隣にあるのでそこへ運んだ。今までの俺は誰の部屋か分からないでいたけど、一応定期的に掃除はしていたのでそんなに汚れていないと思う。
「ずっと誰の部屋か疑問に思ってたんだが……雫の部屋だった。本当に雫に関することを何もかも忘れていたんだな」
「ええそうね……私も色々と思い出したわ」
「そう言えばフルールも雫の名前を聞いたことあるって」
「ええ。今の今まで奏と同じように綺麗に忘れていたけどね」
フルールが地球に来たのは10年前なので、確かに雫に会っていた可能性はなくはない。
「前に言ったじゃない? あなたみたいに氷に高い適正を持っていた魔法少女が居たようなって」
「言っていたな……結構前だけど」
「ええ。あの時は思い出せないでいたけど、今はっきりと思い出したわ」
「! まさか……」
以前、フルールは氷に高い適正を持つ魔法少女のことを言っていた。でも、その名前を思い出すことが出来ず、あの時はそのまま話が終わってしまったが……氷に適正、魔法少女、忘れていた……そこまで揃うと流石に俺も分かる。
「ええ……この子よ。それから忘れていたけど、この子を魔法少女にしたのも私になるわね」
「……」
俺とフルールは今さっき寝かせたばかりの雫をの方を同時に見る。
「まさか兄妹揃ってフルールに面識があるだけでなく、魔法少女にされていたとはなあ……何の偶然だよ」
「それは私も同じ気持ちよ。ここまで偶然が重なるなんてね」
偶然とかそういうのを通り越して、運命と言った方がいい気がしてきた。兄妹揃って魔法少女になって、しかも属性も氷。更に同じ妖精が関わっていたって言うのはないのではないだろうか。
そもそもフルールの話では妖精が俺たち人間にここまで関わるって言うのは滅多にないらしいし。
「何かもう運命を感じるな」
俺はそう言いつつ眠っている雫の髪を撫でる。表情は変わらないけど、何だか気持ち良さそうにしているような気がする。気がするだけだが。
「そう言えば雫は奏が女の子になったって言うのを認識していたのよね?」
「夢の中での会話だけどな」
『今はお姉ちゃんだったね』……そう言っていたので、俺が女になっているってことは認識しているみたいだった。どうして認識できていたのかは謎だが……雫に直接聞くしかないか。
それに、あれはあくまで夢の中での出来事であってもしかしたらこっちの雫は知らないかもしれないしな。
「共鳴とかの影響だったりするのかね」
「さあそこまでは……でも、奏。覚えてる? 雫のことを救いたいと強く思った時のこと」
「俺が気を失った時のあれだよな。一応は覚えてる」
「あの時、恐ろしいほど魔力共鳴していた強い輝きを放っていたわ。そして互いの魔力が交互に流れているようにも見えた」
「目を瞑ってたからなあ……でも何かが入ってくるような感覚はあったけど」
「もしかしたら雫の記憶を思い出すと同時に、奏の記憶が雫にも渡ったのかもしれない」
「いやでも、夢の中の会話の後だし」
「会話する以前に一度共鳴していた訳だし、あり得ない話ではないわ」
「まあ確かに」
俺が雫の近くを運良く通ったことで魔力が共鳴した。だからああやって話せた、んじゃないかと雫も言っていたな。既に一度共鳴している訳だからその時に少しだけ記憶が雫に方に行った可能性はあるな。
まあ、そもそも俺としては記憶が移動するって言う方に驚きを隠せないのだが。
「魔力だし」
「魔力ねえ」
謎が多いよな本当に。
俺はそう思いながら天井を見上げるのだった。
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あとがき
ようやくメインヒロイン()な妹の登場です。
なのに、もう終盤です(エ
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