29【大切な記憶】


「一体何が……」


 少しの間意識を失っていたように感じる。そんな俺は恐る恐る目を開ける。


「奏、無事?」

「何とかな……一体何が起きた?」

「魔力が奏の強い思いに反応した……んだと思うわ。あれを見て」

「え……!?」


 フルールが指さす場所は眠るように少女が凍っていたあの場所だった。だが、最初見た時と明らかに違う状態になっているのが一目で分かる。


「氷が解けてる……?」


 あれだけ色々しても砕けることすらなかった氷が、綺麗に消えていたのだ。相変わらず他の場所は凍ったままだけど。俺は慌ててその場所に向かい、そのまま奥に居る少女の元へと駆ける。


「……間違いないな。やっぱり」


 夢で話したあの子で間違いない。今度は間近で見ているのだから間違えようがない。今の俺の髪をセミロングにして少し幼くした感じの少女。そこのを覆っていた氷も消えている。


「!?」


 そっと触れようとしたら、激しい頭痛に襲われる。何かが……何かが俺の頭の中に入ってくるような、そんな感じだ。あまりの痛みに俺はその場に膝をつく。


「奏!?」


 フルールの焦った声が聞こえるが、それに反応する余裕はない。膝をついた状態をしばらく維持できていたものの、長くは続かず俺はそのまま地面に倒れ、そして意識を失うのだった。






□□□






「お兄ちゃん、行ってくるね!」

「おう。無理すんなよ」

「分かってるよ!」


 そう言って家を飛び出す□□。

 まあ、いつも通りだけどな……あいつが魔法少女になってどれくらいが経ったか。ん? よく考えたらまだ2年くらいしか経ってないのか。

 □□に最初告げられた時は俺も驚いたものだ。妹がいつの間にか魔法少女になっていたらそりゃ驚くだろ? でも□□は野良で活動しているみたいで、魔法省には所属していないようだった。


 それはそれで不安だったが……。


『お兄ちゃんを守りたいからね!』


 なんて言われた。いや、俺を守ってくれるのは嬉しいけど、一応魔法少女なんだし他の人も助けられる時は助けようぜ。まあそうこう言っても意外と色んな人を助けてあげてるみたいだったしいらぬ心配だったな。


『私の中ではお兄ちゃんが一番優先順位が高いから、何かあった時はお兄ちゃんから助けるよ? 例外はないよ』


 とのことで。

 いや正直に言えば確かに嬉しい。ただ逆に心配もしているんだよな。アンノウンなんていう訳分からない生命体と戦ってるんだろ? それが血の繋がった家族だったら尚更。

 後はまあ、俺がちょっと甘やかしたって言うのもあるが、ブラコン気味なのが心配である。かくいう俺も放っておけないのもあって結局は変わってない。俺も俺でシスコンって言われてもおかしくないな。


 □□は今年で15歳で俺よりも5歳下の妹である。

 魔法少女になったっていうことは俺にだけ教えてくれた。でもって、□□は両親には内緒にして欲しいって言っていたから言わないでいた。


 本当は言うべきなんだろうけど……約束だから。言うことはしないつもりだ。だけど、ある日□□はボロボロな状態で帰ってきたのだ。それを最初見た時は本当に血の気が引いてしまった。


「□□! 大丈夫か!?」

「ごめんねお兄ちゃん。ちょっとしくじっちゃって」

「そんなことはいいから早くこっちにこい」

「う、うん」


 慌てて俺は□□を自分の部屋に連れて行き、ベッドの上に座らせる。あっちこっちがボロボロになっていてとても痛々しい。


「お兄ちゃんの匂いがする」

「俺の匂いって何だよ……まあそれは置いておき、大丈夫なのか? そんなボロボロで」

「うん。大丈夫……このボロボロなのはあくまで魔力装甲で出来た服だから」

「俺はよく分からないけど……取り敢えず、生身と言うか本体の方は大丈夫ってことか?」

「うん。今変身解除するね」


 そう言って□□は変身と呼ばれる状態を解くと、いつもの見慣れた□□の姿に戻っていく。良かった、本当に元の方は大丈夫なんだな……まあよく分からないんだが。


「ひとまず良かった」

「うん……ごめんね、心配かけて」

「本当だよ全く。で、調子の方は?」

「うん……ちょっと疲れたかも」

「結構消耗したんだろ? 取り敢えず母さんたちには適当に伝えておくから今は寝ておけ。明日は休みだしな」

「ありがとう……」

「気にすんな」


 本当ならあんなボロボロになっている姿を見たら魔法少女をやめるように言うべきなんだろうけど……それは無理そうだしな。それにこいつの覚悟は本物だったし、俺が水差すのは良くない。


「ここで寝てもいい?」

「え? おま、もう15歳だろ? 俺と寝るのに抵抗とかないのかよ」

「え? 全然。むしろ毎日寝たいくらいなんだけど」

「冗談はやめてくれ」

「冗談じゃないよ?」

「ええ……」


 いやいくら兄妹とは言え、もういい年齢なのにそれはどうなんだ? 世間では反抗期とかそんな時期の年齢のはずなのに、一向に□□にはその予兆がない……いやいいことなのか?


「だって、お兄ちゃん大好きだし」

「おま、恥ずかしいことをよくもまあ……」

「本当だよ? むしろ結婚したい」

「はあ!?」

「冗談だよ冗談……でも、本当に血が繋がってなかったら」

「冗談に聞こえん。ん? 最後なんか言ったか?」

「何も言ってないよ?」

「そうか」


 何か最後に何か言っていたような気がするが……俺の気のせいだったか。

 っていうか、まじでここで寝る気かよ……全然動く気がないらしい。何ならもうベッドに寝転がり始めてやがる……。


「はあ……全く」

「ふふふ」


 俺はそんな□□を見て頭をかきながら、ため息が出てしまう。一応部屋には絨毯が敷いてあるし、床で寝ればいいか。本当なら自分の意思で自分の部屋に移動して欲しいところだが、行かないだろうなあ。

 仕方がない……と思ってしまうあたり、俺は甘すぎるのかもしれないな。取り敢えず、父さんと母さんにはこいつのことを適当に何か言って誤魔化しておかないとな。


 そんなことを考えながら俺は部屋を後にするのだった。




△△△




「おーい、まだ居るのか?」


 適当に二人には説明しておき、俺だけ下で夜ご飯を食べて色々した後、自分の部屋に戻ってくる。流石に何も食べないって言うのはお腹がすくだろうし、母さんが軽めのサンドイッチを作ってくれたのでそれを持って部屋に戻ってきた感じだ。


「やっぱいるか……」

「すぅすぅ……」


 そっとベッドを覗き込むと、規則正しい寝息を立てながらすやすや気持ち良さそうに寝ている□□が見える。


「寝ちまったのか……ったく、気持ち良さそうに寝やがって」


 俺は呆れるようにそんなことを言いつつ、□□の頭を撫でる。すると、更に気持ち良さそうな表情になるのが分かる。一瞬起きているのかと思ったが、真面目に寝てしまっているようだった。


「はあ」


 アンノウンね。

 最初に現れたのって10年位前だったか? その時はそれなりの死傷者が出ていたことをニュースでやっていたのを思い出す。当時は10歳か……まだ記憶が残っているくらいか。

 □□に関しては5歳くらいか? 流石に5歳だと、覚えてないだろうか。まあ別に覚えている必要はないっちゃないけどな。取り敢えずアンノウンと呼ばれる謎の生命体が居るってことだけ知っていればな。


 10年前から今の間に魔法省という国家機関が生まれたし、魔法少女という不思議な力を使うことが出来る少女たちのお陰もあってアンノウンが出ても今はそこまで被害が出ていない。


「平和になったもんだな」


 とは言え、それでも少しの被害は出ている訳なので平和とは言えないか。だけど、当時に比べればかなり平和になった方だと思う。こうして普通に生活出来ているしな。


「……」


 □□を見る。相変わらず気持ち良さそうに寝ている。

 こいつが何がどうして魔法少女になったのかまでは分からないが……無理はしないで欲しいなって思う。


「全く。無茶するなよ」


 もう一回撫ででやる。

 今回は良かったけど、これで生身の方が大怪我負ってたら無理やりにでも魔法少女として活動するのを止めていたところだが……もちろん、生身の大怪我なんて流石に隠しきれないので、俺は父さんと母さんにも全て話すだろう。


「ん……お兄ちゃん好き」

「! 何だ寝言か」


 どうしてこうなったんだろうなあ。

 やっぱり甘やかしすぎたか? 父さんも母さんも結構甘やかしていたし、俺自身も結構甘やかされていた気がするからそれが原因かねえ。抱き着いてきたところを見た二人の反応だって「あら仲良しねえ」とか「仲が良いのはいいことだな、うん」とかだったし。


 いや流石に度が過ぎている気がするんだけど。


「まあ、俺も甘いんだろうな」


 俺はそんなことをつぶやきながら□□を見るのだった。




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