22【少しの日常と不穏】
「……はあ」
既に何度か見ているとは言え、やはり恥ずかしさが残る。
「どうしたのよ、鏡なんかじっと見て」
「いや別に……」
鏡を見ながらため息をつきそうになると、フルールが声をかけてくる。別に何かがあった訳ではない。ただ、慣れないと言うか恥ずかしいと言うか……いや、俺の身体なんだけどな。
「まだ自分の身体を見て恥ずかしがっているの?」
「いやそりゃそうだろ……俺は男なんだから」
「ええ、それは知っているけどね……」
「それにまだこの身体になってそんなに経ってないだろ」
いや、経ったからと言って慣れてしまうのはそれもそれで何か違う気がする。
「……」
服を着ている状態で自分の身体を見るならまだいいが、そうではなく……まあ、もう察している通り裸ということだ。まあ、お風呂に入るためだから仕方がないのだが。
鏡に映るのは頬を赤くし、恥ずかしそうにしている黒髪美少女。一糸纏わぬその姿が映っていた。当然だが、相棒は消えてしまっている。
胸はそこまで大きくなく、むしろぺったんこと言っても良いだろうか? それでも若干のふくらみがあるのが分かる。つまりそれは……まあ、本当に身体が変わってしまっているってことだ。
毎回お風呂に入るたびに自分の身体の変化を実感するのだ。頭では分かっていても、やっぱりそんな簡単には受け入れられない。むしろ受け入れられた方が凄いわ。
「洗い方とかもう慣れた?」
「まあ、な」
女性の肌は弱いってことをこの身体になって実感する。
だから、男の時のように洗うとすぐに赤くなるし、やり過ぎるとひりひりするくらいになる。この身体の肌は驚く程に真っ白だから、少しでも赤くなると目立つ。
まあ、初めは男の時と同じように洗おうとしたのだが、何だか肌が痛いようなそんな感じなったんだよなあ。でもって、フルールがやって来てストップが入った訳だ。
『女の子の肌は弱いんだから、男の時と同じように洗うのはNGよ』
そう言われた。
そんなの知る訳ないじゃんか……いやまあ、確かに女性の肌は弱いって言うのは何かで聞いた気がするけどさ。家には当然ながら女性が使うシャンプーだとかそう言うのは置いてないので、その時は簡単に拭いたりとかして終わらせたのだが。
まあそれで、ショッピングモールに行った時に実はあの子二人に奢られた後、忘れていたその女性用のシャンプーだとかを買って帰ってきた感じだ。
「結局何も見つからなかったな」
「まあ、そんな簡単に見つかったら苦労しないわよ」
それはご尤もで。
いつまでも鏡の前でじっとしていては寒いので、そのまま風呂場に入る。後はボディーソープやらシャンプーやらリンスやらで身体や髪を洗っていく。
デリゲートな部分まで勿論、洗うしかない。最初は凄い抵抗があったが、「洗わない訳にも行かないでしょ」とフルールに言われて、そりゃそうだとは思った。
初めの時云々はまあ置いておくとしようか。
取り敢えず、慣れてしまった手付きで洗っていき、最後にお湯をかけて洗い流す。慣れてしまった自分もどうかと思ったが、いつまでこの身体で居るのか分からないし、慣れた方が良いのかな……いや既に慣れてるんだが。
東京探索の初日と言っても半日は過ぎていたが……あの後、東京タワーの周辺を自身の魔力装甲が許す限り調べたりしたのだが、手掛かりらしきものは見つからなかった。
全方向を調べることは魔力装甲とか後は時間とかもあれだったので、流石に叶わなかった。取り敢えず、一方向を念入りに調べた感じだが、手掛かりはなし。つまり外れだった。
「全部見るのにどれくらいかかるんだろうか……」
「そうね……気長にやるしかないわね」
全部と言っても東京タワーの周辺だけだが……他の場所を調べる必要は今のところはない。というかそれ以外の場所とか、まず夢みたいな手掛かりとか情報がないしな。
泡を全部洗い流せたことを確認した後、俺はそのまま湯せんに浸かる。
「はあ。生き返る……」
「毎度思うけど、おっさんくさいわよ」
「うるさいやい。25のおっさんだから問題ない」
「いや25歳っておっさんって言う年齢でもないでしょうに」
……まあ確かに。
20代がおっさんっていうのはちょっとあれか……すまんな、全国の20歳代の皆。あくまで、これは俺自身のことなので気にしないでくれ。
「それに同じ25とは言え、奏の今の見た目は普通に中学生か高校生くらいだし、女の子だし、そんな状態でおっさんと言われたら言われたらで困るわ」
「人は見かけによらないって言うだろ」
「使い方間違っている気がするわ……」
間違ってはいないだろ。見た目はロリだけど、喋り方が「のじゃ」とかいうやつだっているし……いや流石にこれはアニメとかの世界か。
「それよりも毎回思うけど、フルールはなんでそんなナチュラルに一緒にお風呂に入ってるんだ……」
「え? 私も入りたいし」
「いやそうじゃなくて……というか毎回そう言ってるよな」
俺はこんな見た目になっているが、中身は25歳の成人した男である。対してフルールは妖精ではあるけど、性別はあるみたいだし彼女は女性だろう。
女性が男と一緒にお風呂に入るって、それはどうなのって話だ。まあ、結婚した夫婦とかなら問題ないだろうけど……。
「何か問題でもある? それに奏が間違った洗い方とかしてないかを監視しているのよ」
「監視怖! じゃなくて! フルールは女だろ? 俺は男! 一緒に入ることに何も思わないのか……」
「なんだそんなことね。別に気にしないわよ。それに今の奏は女の子だし」
「それは見た目だけだ」
「本当にそう思ってる?」
「え?」
急に真顔になったフルールに少し気圧される。
「冗談よ」
「冗談に見えなかったぞ……」
少しだけびっくりした。
若干ふざけた感じだったフルールが急に真顔になるとか。面白おかしく会話している中で、急に真顔になられたら誰でもびっくりするだろ。
「奏をその姿にしてしまったのは私にも責任があるわ。だからこうやって居るのよ。妖精がこうやって一人の人に付きっ切りになるなんて、滅多にないわよ?」
「それは分かってるし、助かってるよ」
フルールが居なかったらどうなっていたか分からないしな。
そして元の身体まで性別が変わる謎の現象……魔法少女になったからって言う理由が一番だろうが、何故こうなったのか。やっぱり魔法少女は少女じゃないと駄目とかなんだろうか。
今は置いておく。
もしフルールが居ない状態でこんな風に元の身体の性別が変わっていたらどうなっていたかな……頼れる人は居ないし、まあ色々と詰んでいたかもしれないな。
「今の奏は大丈夫だろうけど、それでも性別が変わっているのよ。身体にどんな悪影響があるか分からないわ」
「それは……そうだな」
よく考えて欲しい。
男が女になる時点で色々とおかしいのは事実だが、それも含め性別が変わるなんて現象、身体にどんな影響があるかなんて分からない。
知らぬうちに身体のどこかで異常を起こしている可能性すらある。今は特にそんな感じはしないが……それでも楽観視は出来ないよな。
「一応気を付けるつもりだ」
「まあ、今なんやかんや言っても分からないものは分からないわね。……ただもしかすると魔法少女になるのは控えた方が良いのかもしれないけど……」
「いやそれは流石に無理だな。まだ東京タワーの周辺を探せないし……」
魔法少女になったことで元の身体の性別が変わった。……確かに一番関係がありそうなことだが、まだ東京の探索が出来てないし、アンノウンだってこの辺に出現する。
この地域には魔法少女が居ないし、他の場所から駆け付けるのに若干のタイムロスが発生するだろう。低レベルのアンノウンなら良いけど、レベル4とかレベル5とか出たら洒落にならない。
まあそもそも俺がどのレベルのアンノウンまで対処できるのかって話だが……一応レベル3については、4寄りでも問題なく対処できているので、そこまでは問題ないかな? レベル4は出現してないから判断できない。
「そう言うと思ったわ。でも、魔法少女にした私が言うのもあれだけど、ちょっと気に留めておいてね」
「ああ」
何かおかしな感じがしたら変身は一旦やめる。やめられれば……だが。やむ得ない状況を除いて異常とかを感じたら中断することを心掛けた方が良いな。
そんなことを思いながら、俺はお風呂で身体を暖めるのだった。
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