第五話

「櫻井さん!このシャーペン可愛くない!?お揃いで買おうよ!」

「そんなもの買っても学校では使えないでしょ。学校でも使えるボールペンにしましょ」

「えー、可愛いいボールペンなくない?」

「そう?これとかシンプルでいいじゃない」


 ある日曜日のお昼前、私と櫻井さんは学校から程々に近い商店街で買い物をしていた。今は本屋さんで文房具や本を物色している。


「そういえば、佐藤さんは普段どんな本を読んでいるの?この前たくさん読書しているとだけ聞いたけれど」

「うーん、なんでも読むけど小説とか伝記が多いかなぁ。熱中できる本が好きかも」

「そうなの、じゃあこの小説は読んだ?面白かったから、読んでいないなら貸すけど」

「え、本当!?気になってたんだけど、図書館でずっと貸し出し中で読めてないの!」


 そんな他愛のない話をしながら買い物を続ける。物の趣味は合ったり合わなかったりだったが、色々言い合って買い物をするということ自体がたまらなく楽しかった。


 結局私は文房具を、櫻井さんは本を一冊購入し店を後にした。


「それにしても、今日櫻井さんが一緒に来てくれるとは思わなかった。櫻井さん一緒にショッピングとか嫌がりそうだし」

「どんな偏見よ、それ。…まあ確かに、他の人に誘われても断っていたけど。それを言うなら、私は佐藤さんが休日に遊びたいと言ってきたことの方が驚きなのだけど」

「え、そう?友達なんだから、別に不思議なことじゃないよ!」

「またそういうことを恥ずかしげもなく……結構長いこと一緒にいるけど、今まで休みの日どころか放課後にだって遊んだことなんてなかったじゃない」

「そ、それは…今までのことはいいの!大切なのはこれからだよ!これから!」

「そうね。去年までにした会話を半分も覚えていない佐藤さんにとっては、これからの方が大切だものね」

「それはもう言わないでよぉ…ひどいことを言う櫻井さんなんか、こうしてやる!」

「ちょ、ちょっと!他にも人がいるんだから、こんなところで抱きつかないで!」


 戯れあいながら商店街を歩く。転校して来てから「友達」と校外で遊ぶことなんて初めてだったし、ましてや「友達」と二人きりで買い物をするなんて生まれて初めての経験だった。

 それは、あまりにも甘美で、幸福に満ちた時間だった。


「そういえば櫻井さん、もうすぐ12時だけどお昼ご飯はどうする?」

「それなのだけど、ちょっと行きたい場所があるからついて来てくれる?」

「あ、行きたいお店があったんだ。どんなお店?」


 着いたら説明するわ、とだけ言い櫻井さんは歩き出した。慌てて私もそれを追いかける。3分程歩くと、商店街から少し離れたところにあるカフェに到着した。


 なんだかすごく大人っぽいお店で、少し気圧されてしまう。

 お店の前に出されている看板を見ても、小学生が二人で入るにはちょっと無理がある。


「ここであってるの?なんだか入りにくいし、その、値段もちょっと高いよ」

「大丈夫よ。たまにお母さんと一緒にここに来るの。お店の人がお母さんの知り合いらしくて、今日友達と出かけるって言ったらこれもらっちゃったの」


 そう言って櫻井さんが見せてきたのは、ケーキセットの無料券だった。どうやら三種類のケーキと飲み物が無料で頂けるらしい。


「櫻井さん、お昼ご飯にケーキを食べるの?」

「べ、別にいいじゃない。あなたも甘いもの好きでしょ?」

「うん、そうだけど…本当にいいの?このケーキセットって、1000円以上するって看板に書いてあるよ」

「いいわよ。どうせ貰い物だし、別に使う機会も無いわ」


 そう言われてしまうと、遠慮よりもケーキを食べたいという欲望の方が勝ってしまう。借りが増えてしまったことに若干の心苦しさを覚えつつも、お言葉に甘えることにする。


 店内に入ると、そこはとても落ち着いた大人っぽい空間だった。やはり少々居心地の悪さを感じた。そうしていると、こちらにやってきた女性の店員さんに櫻井さんは挨拶して先ほどの無料券を二枚渡した。この店員さんが櫻井さんのお母さんの知り合いなのだろうか。


 櫻井さんと店員さんが話している少しの間、店内を観察する。満員とまではいかなくとも、結構な人数がお店に入っている。そして、私たちと同年代の客はおらず、やはり場違い感が拭いきれない。


 そうして待っていると、会話が終わったのか奥の方の席に案内される。

 店員さんは飲み物の注文だけ聞くと、厨房の方へ向かって行った。


「話し込んでしまってごめんなさい。あの人がお母さんのお友達」

「やっぱりそうだったの。じゃあ後で私もお礼を言わないと」


 そんな話をしていると、それほど待たないうちにケーキと飲み物が届いた。店員さんにお礼を言い、ミルクティーとケーキセットを受け取る。

 櫻井さんも頼んでいたカフェオレとケーキセットを受け取ったのを確認して、ケーキを食べ始めた。


「この苺のケーキ、すっごく美味しい!こんな美味しいの初めて食べた!」

「そう?気に入ってくれたのなら良かったわ。その苺のケーキ、お母さんも大好きなの。こっちのチョコケーキが私のお気に入り」

「そうなの?じゃあチョコケーキも食べてみようかな」


  そんなことを言いながらケーキから視線を上げると、チョコケーキに舌鼓を打ちながらご機嫌な様子の櫻井さんが目に入る。怠惰な表情筋が緩むくらいには、ここのケーキが好きなのだろう。

 このケーキ自体もとても美味しいものだが、それ以上「友達」と美味しいものを共有できている今の時間が、私にとっては愛おしくてたまらなかった。


 二人でケーキを楽しんだ後、飲み物を飲みながら色々な話をした。勉強のこと、学校行事のこと、本のこと。色々な話を続け、飲み物のおかわりまで頂いた頃に、櫻井さんがふと口を開いた。


「そういえば、今日お出かけ誘ってくれたのって本当に遊ぶためだけだったの?」

「え、そうだけど。それがどうかした?」

「さっきも言ったのだけれど、佐藤さんが学校の外で遊ぼうって言って来るのが初めてだったから。相談事でもあるのかと思っていたのだけれど」


 相変わらず櫻井さんは鋭い。実を言うと、遊びは目的の半分で他にも目的があった。しかし、それは相談事では無い。


「うーん、実を言うとね、相談事ではないけど櫻井さんとゆっくり話がしたいなって」

「そうなの?それなら放課後とかでも言ってくれれば時間をつくったのに。」

「ううん。できれば学校以外の場所で、しっかりと話したかったの。あるでしょ、櫻井さんが私と話すときに意図的に避けている話題。私がまだ櫻井さんに話していないこと」

「…なんのことだかわからないわ。」


 そうは言っているがおそらく察しはついているのだろう。その瞳からは心配の色が伺える。

 そこまで過保護にならなくてもいいのにな、なんて苦笑いしていると櫻井さんが再び口を開く。


「…私は、あなた自身が間違った方向に進まない限りあなたの味方よ。それに、もし間違えた方向に進みそうなら、絶対に私が止める。だから、あなた自身の話でないのなら、無理をして私に全てを話す必要はないわ」

「うん、ありがとう。櫻井さんが私にそう言ってくれることも、心配してくれることもわかってた。確かに、私が話していないことの中には、櫻井さんにも絶対知られたくないようなこともある。けどね、今日話すことは何も暗い話ばっかりじゃないの」

「…そうなの?」


 そう言うと、櫻井さんの瞳から心配の色が和らぐ。

 そう、今日私はあの女のことや私の転校の詳細な理由を語りにきたわけではないのだ。


「話っていうのはね、どうしてもお礼が言いたいなっていうこと」

「お礼?別に、いじめのことはもういいって…」


「ううん、違うの。お礼を言いたいのは

 ――私と、私のお父さんのこと」

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