第三話

 翌日、結局のところ櫻井さんに変わった様子は見られなかった。

 いつも通り、付かず離れずの距離感で私のそばに居た。昨日のことはなんだったんだと拍子抜けすると同時に、今までと変わらない空気感に安心した。


 その後、しばらくの間は小さな嫌がらせを受けつつも、これまでと変わらない生活を送って居た。少し変わったところといえば、休み時間にも櫻井さんと雑談をするようになったことぐらいだろうか。


 そんな生活を送っていると、気がつけば進級してからすでに一ヶ月が経っていた。嫌がらせは減っていないが、面と向かって悪口を言われることはなくなった。櫻井さんが近くにいる時間が増えたからからだろうか。

 とはいえ元々悪口に関してはなんとも思って居なかったので、いじめの煩わしさは変わっていなかった。


「櫻井さん、早く帰ろうよ」


 その日の終礼も終わり、急かすように声かける。心配してもらったあの日から、櫻井さんに声をかける回数は増えていた。今までなんとなく一緒だった帰り道も、自分から誘うようになっていた。


「ごめんなさい、今日は先に帰っていて」

「珍しいね、どうしたの?用事があるならちょっとくらい待つよ?」

「先生から呼び出されていて、多分時間もかかる内容だから」


 櫻井さんとの交流に前向きになってから以前より会話が弾むようになり、学校から櫻井さんの家の前までの時間が一日の楽しみになっていたのだが、そう言われてしまってはどうしようもない。今日は一人で帰るしかない。


「わかった。じゃあ先に帰るね」

「ええ、また明日。気をつけてね」


 気をつけてね、なんて同い年の櫻井さんから言われると違和感が凄まじい。内心苦笑いしながら教室をでる。


 一人で帰路につくのは久しぶりだった。少なくとも、いじめについて聞かれたあの日かれたあの日からはずっと一緒に帰っている気がする。


 ここまで一緒に行動していると、さすがにもう櫻井さんのことを「一緒に行動している他人」や「知り合い」なんて扱いはできない。まだ「友達」と呼べるほど櫻井さんのことを知らないが、いつかそう呼べるようになりたいと考えるようになっていた。


 櫻井さんは、私のことをどう思っているのだろうか。なんだかんだ、結構な時間一緒にいるのだから「嫌いな奴」とは認識されていないと思いたい。やはり「一緒にいる他人」か「知り合い」として扱われているのだろうか。「気が合う人」と思われていたらとても嬉しいが、それは望みすぎだろう。


 そこまで考えて、自分が櫻井さんにかなり絆されていることに気がつく。一度心配されただけで、流石にチョロすぎはしないだろうか。もしかしたら、嫌がらせのせいで自分でも気づかないうちに心が弱っていたのかもしれない。


 けれど、今の自分の変化を悪くないように感じた。きっかけはどうあれ、私の居場所が壊れたあの日から、初めて人間関係に前向きになることができた。ようやく、あの日から一歩を踏み出すことができるような気がしてきた。

 そんなことを考えながら歩いていると、


「あ、佐藤じゃん。今日は櫻井と一緒じゃないんだ」

「…そうだけど、だから何?」


 ――いい気分だったのに、水を差された。


 廊下で声をかけられ、率直にそう感じた。声をかけてきた人は、私に積極的にいじめをしてくる人だ。名前は正直覚えていない。後ろに、同じくいじめをしてくる生徒を二人つき従えていた。


「へぇ、珍しいねぇ。いつもあれだけベッタリなのに」

「…」

「これからさぁ、あたし達遊びに行くんだけど佐藤も来ない?」

「いいね!男子もくるから、佐藤もおいでよ!得意でしょ、男子に好かれるの」

「やめてよ二人とも、こんなの連れてったら他の子たちに申し訳ないって!」

「…」


 無視して歩く。相手にするだけ時間の無駄だ。


「どうしたの佐藤、返事しないけど体調でも悪いの?」

「…」

「心配してあげてるのに、一言返事しないのは流石にカンジ悪くなーい?」

「…」

「…おい、調子こいて無視してんじゃねーぞ」


 それでも無視を続けていると、肩を掴まれた。流石に暴力に訴えてくることはないだろうと油断していたので、少しおどろきながら、仕方がなく返事をする。


「…なんの用事?早く帰りたいんだけど」

「佐藤、今自分がどういう状況かわかってないの?」

「またいつもの嫌がらせでしょ?悪口が言いたいなら好きに言えばいいよ」

「…何こいつ超ムカつく」

「一回自分の立場をわからせた方が良くない?」

「それいいねぇ、ちょっと向こうでおハナシしようか」


 そういうや否や、無理矢理に空き教室に押し込まれた。ここまできて、ようやく自分が状況を楽観視しすぎていたことに気がついた。それでも、動揺を表に出せば面白がられて状況が悪化することはわかっていたので、内心を知られないように虚勢を張ることしかできなかった。


「…だからなんの用なの、私はあなた達とする話なんて無いんだけど」

「…ホント気に入らない、その周りを見下したような態度、マジムカつく」

「そう、じゃあ謝るよ。ごめんなさい。これで満足?」

「は?バカにしてるの?あんた何様のつもり?あんな親の子供のくせに自分が偉いと思ってるの?」

「…」

「なに?お母さんがバカにされて黙っちゃた?まじ笑える!」


 違う、あの女が「あんな親」言われるのを聞いて心の中で同意していただけだ。どうやら、こんないじめっ子から見てもあの女は「あんな親」らしい。この状況にそぐわないことを現実逃避するかのように考えていると、そんな姿も癪に触ったのか、いじめっ子の一人が睨みつけてくる。


「ホントなんなの、その態度は。櫻井がいるからって図に乗ってるの?」

「…櫻井さんは関係ないでしょ」

「あんだけ一緒にいて関係ないってことは無いでしょ。どうして櫻井もこんなのと一緒にいるんだろ?」

「もしかしたらこいつの親について知らないんじゃ無い?」

「まじで?そんなことある?」

「あー、でも、櫻井がこいつ以外と一緒にいるところ見ないし、ワンチャンあるんじゃない?」

「…だから、櫻井さんは関係ないって言ってるでしょ!」


 櫻井さんに矛先が向き始めたのを感じて、初めて言葉を荒げさせた私を驚いた目で彼女たちが見る。そして、そのうちの一人が何かを思いついたようにニヤリとした。まずい、失敗した。


「そうだねぇ、櫻井は全く関係ないね。じゃあ、全く関係ないけど次のは櫻井にしちゃおうかな〜」

「だから!櫻井さんは関係な――」

「あーそれはやめた方がよくね?あいつめっちゃ先生に贔屓されてるし、親もなんかお偉いさんって聞いたし、それになんか怖えーし」

「こいつはともかく、櫻井を標的にすんならあたしもパス。あんなおっかないのに関わりたくないし」


 私にとって最悪の展開を止めたのは、意外なことにも他のいじめっ子二人だった。どうやら櫻井さんは、彼女らからも恐れられるような存在だったらしい。私は、知らず知らずのうちに櫻井さんに守られていたのかもしれない。そして一人になった今日、最悪のタイミングで狙われたのだろう。


「なんだよノリわるいなぁ」なんて発案したいじめっ子はつまらなそうに呟く。櫻井さんから矛先が逸れて安心したのもつかの間、彼女は再びニヤリと顔を歪めて――


「じゃあ、こいつの親のことを櫻井さんにも教えてあげるっていうのはどう?」


 そんな、悪魔のようなことを言い出した。


「そんぐらいならまぁいいんじゃない?どうせもう有名な話だし」

「悪くないじゃん、面白そう!」


 そして今度は、他の二人も止めなかった。

 ダメだ、このままではもう二度と櫻井さんと一緒にいられなくなる。「友達」になれなくなる。私をあんな女の子供だと知った上で「友達」になる人なんているはずがない。


「お、お願い、やめて…」


 懇願することしかできなかった。屈辱だった。辛かった。けれど、他に現状を打開する方法なんて思い浮かばなかった。

 そんな私の姿を見て、ようやく見つけた弱点を見つけたと感じたのだろう。鬼の首をとったかのようにはしゃぎ始めた。


「え?なに?聞こえなーい」

「お願い…それだけはやめて……」

「なに?それが人に頼む態度なの?」

「…お願いします。どうかそれだけはやめてください…」

「えー?誠意がたりないなぁ。櫻井、まだ学校に残ってるかなぁ」

「あー、じゃあ私とりあえず靴箱見てこようか?」

「っ、お願いします!これまでの態度も全部謝ります!だからそれだけは、櫻井さんに母のことを言うのだけは許してください!」

「何、超必死じゃん!おもしろーい!」


 どうして、こんなことになってしまったんだろう。今日、一人で帰ろうとしなければよかったのだろうか。いつものいじめに対して、もっとうまく対処できてればよかったのだろうか。普段から、愛想よくふるまっていればよかったのだろうか。それとも、あの女の噂が広がった時点でもうどうしようもなかったのだろうか。


 後悔ばかりが押し寄せる。けれど、今の私に選択肢はない。


「…お願いします。許してください。」

「あー、面白い。いつも何やっても澄ました顔してる佐藤が、こんな必死になるなんて」

「どうする?なんかやらせる?」

「とりあえず土下座でもやらせる?あたし生で見たことないわ」

「それあり!採用!ほら佐藤、土下座」

「…」

「あー、やらないならいいや。じゃあ櫻井探してく――」

「っやります!やらせて…ください……」


 まだ泣いてこそいないが、涙目はもはや隠せていないだろう。

 逃げ出したかった。屈辱だった。死にたくなった。

 けれど櫻井さんに嫌われることは、どんな屈辱よりも辛かった。死ぬことよりも怖かった。


 だから、従う他なかった。

 床に膝をついた。冷たい、痛い、苦しい。嗤ういじめっ子の顔が見えた。ごめんなさい、許して、私が悪かった。そして手も床につけた。嫌われたくない、嫌われたくない、嫌われたくない。そうして額を――


「何をしているの?」


 私が「友達」になりたい人、私が絶対に嫌われたくない人、今この場にいてはいけない人が、黒く美しい長髪をたなびかせて、そこに立っていた。


「櫻井…さん……」

「っ、佐藤さん!」

「え、なんで櫻井がここに――っ、痛い、やめて!」


 私の様子を見るや否や、櫻井さんは一番近くにいたいじめっ子を突き飛ばし、そばに駆け寄ってきた。そして私をかばうようにいじめっ子たちの前に立った。顔は見えないが、こんなに感情を露わにする櫻井さんは初めて見た。


「櫻井さん、なんでこんなところにいるの?もう帰ったんじゃなかったの?」

「あなた達の質問に答える気はないわ。あと、呼び捨てで結構よ。気色悪い」

「っ、そう。じゃあ櫻井、今どういう状況か、あんたは分かってんの?」


 どうやら、櫻井さんがきたことはいじめっ子達にとっても想定外だったらしい。櫻井さんをいじめの標的にすることに反対した二人が、顔を青くして一歩下がっている。


「ええ、あなた達が佐藤さんをいじめていたことはわかってるわ」

「そうじゃなくて、今の状況が3対2で、しかも佐藤がお荷物だってこと」

「ああ、そういうこと。暴力を振るいたいのならどうぞご自由に。ただし、明日になってあなた達がどんなことになっているかは知らないけど」

「―っ」


 いじめっ子達は顔を一層青くし、唇を噛んだ。そう、私の時とは状況が違うのだ。先生からも好かれていない私と違って、櫻井さんは先生たちから信頼されている。あの女が母親の私とは違って、親も立派な人物らしい。危害を加えれば、周囲が黙っていない。だから、彼女らは櫻井さんに迂闊に手を出せないのだ。


 異なる証言が出されれば、どっちの方が信用されるのかなんてわかりきっていたから。ましてや、暴力を振るい傷つければそれこそ言い逃れすらできなくなってしまう。

 

 それをわかっているからか、彼女達は何もできない。しかし、いじめっ子――さっきまで櫻井さんと言い争いをしていたいじめっ子が、なにかを思い出したようにニヤリとした。


「櫻井、今も佐藤をかばってるし、なんか仲良いみたいだけどそいつと関わらない方がいいよ」

「あなた達に言われることじゃないわ」

「噂、知らないの?今クラスで流行っているやつ」

「知らないし、興味もない。それにその話は今関係ないでしょ」

「関係あるから言ってるんだよ、親切心で。そいつの――」

「っお願い!それ以上言わないで!」


 思わず途中で遮ってしまった。あの女のことを知られれば、櫻井さんに嫌われてしまう。

 その瞬間を想像して、体が震えだした。言葉を続けようとするも、声はもう出なかった。

 そんな私の様子を見ていた櫻井さんが、正面に向き直って再び言葉を発した。


「その親切心はありがた迷惑よ。私はどんな噂にも興味はないし、たとえなにを知ってあなた達のようなことはしないわ」

「っ、じゃあ教えてあげるよ!そいつの母親は男を何股にもかけて家に連れ込んでいる最低の女だってこと!いっつも違う男とヤっている汚い女だってこと!仕事も、人には言えないような下品なことをしてお金を稼いでいるってこと!これを知っても、あんたは佐藤と一緒にいようと思うの!?」

「――――」


 終わった。全てが終わった。

 櫻井さんとの関係も、生温い空間も、ようやく踏み出せそうだったあの日からの脱却も。全部終わった。


 櫻井さんも呆然としている。当然だ。あんな話を聞いて驚かないわけがない。私を軽蔑しないわけがない。私から離れていくに決まっている。「友達」になれるかもしれないなんて、私には過ぎた夢だったんだ。そんなものを持ったから、罰が当たったんだろうか。流れる涙は、もう止めることはできない。


 ごめんなさい、身の丈に合わない願いを持ってごめんなさい。黙っていてごめんなさい。あなたに近づいてごめんなさい。生きていてごめんなさい。


 きっと今から、私は櫻井さんに決別を告げられるのだろう。それが愚かな私にふさわしい結末だ。その言葉を聞きたくなくて、だけどもう耳をふさぐ気力もなくて。


 そして、櫻井さんの口からついに言葉が紡がれた――


「―――そんなことでいじめをしてたの?」


 本当に、心の底から唖然としたことが伝わる声だった。

 驚いて櫻井さんの顔を見つめると、いつも感情が読み取れない顔に「拍子抜け」とはっきりと書いてあった。


 あまりにあんまり反応に、私も、いじめっ子達もまた、唖然とする。

 しかし、なんとか気を持ち直そうといじめっ子は口を開く。


「いや、だから、そいつの親は――」

「聞いてたわよ。そもそも本当の話かどうかも分からないけど、本当だとして、だからなんなの?佐藤のお母さんは確かに、その、アレなのかもしれないけれど、だからと言って佐藤さんに何かあるわけじゃないのよね?」


 私の方をチラリと見る櫻井さんに、未だに放心状態から抜けきれないまま頷く。


「じゃあ問題ないじゃない。私はてっきり、佐藤さん自身がなにか犯罪をしたとか、こう、アレなことをしているとか言われると思って、それでも受け止めようと――」

「―――そ、そんなことしてない!わたしはなにもやってない!」


 やっぱりあまりにあんまりな反応に思わず私は言い返す。

 そんな私の様子をみて、櫻井さんは――


「なら、何も問題ないじゃない。なんであなたがそんな顔をしているの」


 ――見惚れるような微笑みで、そう告げた。


 しかし次の瞬間にはいつも通りも表情に戻って、いじめっ子達の方に向き直った。

 彼女らは、未だに驚きから抜けられず、あり得ないものを見るような表情で櫻井さんを見ていた。


「それで、あんなことが本当にあなた達がいじめをしていた理由なの?」

「いや、だって…」

「いやもだってもない。今までは佐藤さんがあまり気にしていないようだったし、大ごとにしたくないのかと思って直接手は出さなかったけど、もう容赦はしないわ。」


 彼女は無表情すら通り越した、能面のような表情で告げる


「私の友達に手を出したこと、死ぬほど後悔させてあげる」

「――――――」


 いじめっ子達は、その圧に耐えきれず顔を真っ青にしたまま逃げ出した。


「っ、待ちなさ――佐藤さん?」

「…」


 彼女らを追いかけようとする彼女の服の裾を掴んで止めた。


「ど、どうしたの佐藤さん、早く追いかけないと――」

「…あんな人たち、もうどうでもいい。それよりも、そばにいて」


 気がつけば、そんなことを口にしていた。

 櫻井さんは一瞬迷った様子を見せたものの、床に膝をついている私に合わせて腰をおろした。


「遅れてしまってごめんなさい、怪我はしていない?」

「…うん」

「持ち物とか、教科書とかは無事?」

「…うん」

「…ここに居るから、そろそろ手を離してくれると嬉しいのだけれど…」

「……」


 無言で裾をぎゅっと握り、抵抗の意を示すと櫻井さんは困ったように笑った。今日の櫻井さんは、なんだかいつもより表情豊かだった。

 そうしてしばらく無言でいると、ややあって櫻井さんは言葉を発した。


「佐藤さん、ごめんなさい」

「…なにが?」


 本気で分からなかった。彼女に感謝しなければならないことはいくらでもあるが、謝られることなんて一つもなかった。


「いじめられているって、分かっていたのにあなたを助けてあげられなかったこと。今日のことだって、よく考えれば予想できたかもしれないのに、あなたを守れなかった」

「…そういえば、先生からの呼び出しは?」

「思っていたよりだいぶ早く終わったの。だから急げば、追いつけるかなって。そうしたら、まだ靴があって、嫌な予感がして…」


 彼女は私を助けようと、守ろうとしてくれていた。当たっているかも分からない予感に従ってまで、私のことを探してくれた。


 嬉しかった。それでも、まだ分からないことがある。


「…どうして、そこまで優しくしてくれるの?」

「…」


 櫻井さんはいつもの表情でおし黙った。しかし、無言で彼女の顔を見つめ続けると彼女は観念したかのように、どこか気まずそうに――


「…そんなの、友達だからに決まってるじゃない。わざわざ聞くようなことじゃないでしょ…」


 ――表情に乏しい顔のままで、ほんの少し頬を染めながら言った。


 ともだち、トモダチ、友達


 そうか、彼女は私のことを「友達」だと思ってくれていたんだ。私の聞き間違えじゃなかったんだ。


 瞬間、瞳から涙が溢れ出す。悲しいわけじゃないのに、辛いわけじゃないのに。

 泣いている私を見て、櫻井さんはギョッとする。やはり、今日は随分表情豊かだ。


「な、なに!?そんなに嫌だったの!?それともどこか痛み出し――」


 慌てふためくその様子が、おかしくて、可愛らしくて、愛おしくて、

 ――気がついたら、私は櫻井さんを正面から抱きしめていた。


「―佐藤さん!?」

「……ごめん。きっとすぐに、泣き止むから」


 そう呟やき、しばらく泣き続けていると、頭に何か柔らかいものが触れた。泣き止まない私を労わるように、慈しむように撫でてくれている。

 その感触に、再び涙が溢れ出した。


 ――こんな時間が永遠に続けばいいのに

 ――そう思ってしまうほど、この場所は暖かさと幸福に満ちていた。

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