第四章 落果

■■■の独白、ふたたび

 とても興味深い話ではないかな、と白い鴉が言った。くわあ。くちばしをかたかたと鳴らし、羽根を広げて身体を震わせるその様子は、まるで笑っているかのように見えた。実際に笑っていたのかも知れない。


 そうですね、決して面白くはないですが。そう返した私の顔を、赤い瞳でじっと見つめながら鴉は小首を傾げた。


 本音である。

 私は人々が争う様子を目にする機会が多い。個人間のいさかいから組織同士の抗争に至るまで、その規模は様々だ。それもこれも視野が広すぎるせいなのだが、そういった光景を好きで眺めていると思われてはたまらない。


 争いこそが人間の本能だと主張する者がいる。力を競い合うことで文明が発展してきたのだと語る者もいる。どれも正確ではない。それらは所詮、人間が持つ一側面にしか過ぎないのだから。


 私は平穏を愛する。昨日と変わらぬ今日を、今日と変わらぬ明日を信じている。その為に祈りを続けているのだ。


 「日々争い、戦い、苦痛をくり返す人間たちは愚かしいが、貴方はその愚かさまでもを愛している。実に見上げた博愛の精神だね」

 白い鴉はそう言ったが口調からは嘲りの色が滲んでいた。なんとでも言えばいい、皮肉屋め。


「だが、完璧に同じ日などは存在しない。二度ネヴァモアとは、ね。昨日とは違う日が、明日も続いていく事こそが人生なのではないかな。その意味を真に理解した時こそ君は――」

 かあかあかあ。ステップを踏みながら、首を小刻みに動かしてテーブルの上をぴょんぴょんと跳ねる邪魔者が鬱陶しくなり、私は顔をそらして片手を振った。


 部屋の窓が開いて、冷たい風が吹き込んでくる。白い鴉は軽く翼の付け根(たぶん肩だ)をすくめると、そこから外に向かって飛び立っていった。


 ああ、なんて嫌な奴だろう。私の内側に滑り込むような言葉を放つあの鴉は、招かれもしないのに部屋を訪れ、去っていく。


 少しだけ羨ましい。そう思ってしまう自分が腹立たしく、私は窓を消すと真っ白の壁だけになった部屋の真ん中でひとり、ため息をつく。

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