捜索 -2

 入口を封鎖していた管理局のテープは無茶苦茶に引き裂かれ、扉のロックはこじ開けられていた。下層で店主の不在が知れ渡れば、こうなるのは自明の理というものだった。


 ジィエンの古物商は、随分と入り組んだ場所にあった。年季を重ねた店構えからして、それなりに区域に根付いてきた店のようだったが、それも主あればこそ。今となっては盗人やスカベンジャーたちが散々に荒らし尽くした跡だけが残されていた。

 汚く貪り食われ、あちこちから骨や肉が飛び出した鳥の丸焼き。


 路黒は携帯端末で周囲をスキャンし、防犯装置が作動していないことを確認すると半開きの扉を押し開けて、店のなかへと踏み込んだ。


 最初に目に入ったのは壁に描かれた巨大な『死』の文字だった。

 『ファックする』『クソが』『ここにいるぞ』……ほとばしるる感情のまま、店内のあちこちに殴りつけるようにスプレーされた文言はどれも稚拙で、それ故に理解し易い。


 叩き壊されたヴィジョンモニター、踏み潰された年代物のラジオデバイス、折り曲げられたパルスアンテナ。

 無軌道な破壊の痕跡が、侵入者たちが抱える怒りと鬱屈を表していた。窃盗よりも破壊によるストレス発散を優先させたものと思われた。


 天井から垂れ下がり、火花を散らすケーブルを避けながら、路黒は店の奥へと歩を進めた。宙に向け、鼻先を突き出すようにして室内の匂いを嗅いだものの、感じる気配は何もない。ここで誰かが死んだ、というような事実は無さそうだ。


 明らかな事件性がない限り、管理局は中年男がひとり消えた程度では、本気で行方を捜したりはしない。類似例が多すぎてキリがないからだ。それを証明するように、ジィエンの私室はおざなりに調べられた形跡があった。


 スカベンジャーによって大半のものが壊されたり、持ち出されてはいたものの、彼らの手に余ったらしい立派な木製デスクと人工皮革のソファが部屋の奥に鎮座しており、あちこちに指紋を採取した跡がくっきりと残っていた。


 路黒は黒革の手袋を嵌め直すと作業に取り掛かった。手がかりの捜索である。熱源反応、無し、立体映像による電子偽装、無し。網膜ディスプレイに室内のデータが表示されていく。


 混沌とした室内をうろうろと歩き、本棚に残された古書のページをめくる。刃物で切り裂かれたソファの中に手を突っ込み、腕を合成繊維まみれにする。壁や床を叩いて音を聴き、コートハンガーを持ち上げて――なんのことはない、やっているのは咒骨商の事務所に押しかけてきた『壊し屋』たちと変わらない。論理的な推察などは無かった。持ち前の嗅覚と直感だけが頼りである。


 顎先に指を当てながら、周囲に視線を走らせていた路黒の目がふと、部屋の一点に吸い寄せられた。


 重厚な木製デスク、その側面の一部がわずかに浮き上がっているように見えたのだ。獣人の感覚をってしても見逃してしまいそうなほどの、極めて小さな違和感ではあったが、路黒はその部分に手を伸ばした。


 隠しボタンでもあるかと思い、指先であれこれと触るうちデスクの側面全体が、ほんの少しだけスライドする事に気がついた。

 それをきっかけに、今度は反対の側面が動くようになり、次は支柱部分、次は引き出しの裏……といった調子で、稼働する部分が増えていく。これが旧世紀の木工技術である『寄木細工』を施したアンティークデスクであることを、路黒は知らない。


 やがて路黒が何十手目かのスライドを終えた時、デスクの内側からことん、という音が聞こえた。パズルを解き終えたのだ。

 デスク表面にラインが走り、小さな窪みが現れる。これでは電子スキャンで見つからないはずだ、と路黒は感心しながら、その窪みの中を覗き込んだ。


 (日記か?)

 ジィエンはなかなかマメな男だったようで、そこに納められていた黒革の手帳には日々の出来事が感想付きで記されていた。消息に関わる部分を求め、路黒は手帳を飛ばし読みしながらぺらぺらとめくっていった。


『□日 じいさんの代から続けてる店だが、見る目のない奴ばかりで嫌になる。誰もモノの価値を知らない』

『△日 今日もチンピラどもに脅された。下層での暮らしにはうんざりだ。金、金が欲しい』

『○日 古民家から出てきた書籍、数点買い取り。掘り出し物あり』

『✕日 とうとう運が向いてきた。エスより“本”の購入について打診あり。交渉がうまく行けば、俺も晴れて上層階の住人だ。こんなゴミ溜めとは早くおさらばしたい』

 

 どうやら古民家から出てきたという“本”を手にした前後から、日記の雰囲気に変化が表れ始めているようだった。引き継いだ家業の不振、身の回りの出来事に対する不満などが中心だった記述は、徐々に手にする予定の金銭や今後の生活への心構えといった、具体的な展望へと変化していく。


 そして、最後の記述は、売買契約がまとまりつつある事を匂わせながら締め括られていた。と、すれば。


「このエスとやらがジィエンの行方を握ってると見るべきだな」

 ジィエンの交渉相手であり、一冊の“本”に対して上層階への移住を可能にするほどの金額を支払える人物。いや、むしろその“本”にそれほどの価値があると見るべきか。


(本当に対価を支払う気があったがどうかは疑問だがな)

 ポケットの中の骨をもて遊びながら、路黒は目をつむる。下層の住人が降って湧いたような儲け話に飛びついたことを、愚かだとは思わなかった。自分で下した決断の結果を自身で負った、それだけの話だ。

 ただ、その事が無性に哀しかった。


 不意に路黒の両眼が見開かれた。その瞳はいつの間にか黄金色に変じている。首筋の毛が逆立つ。猛烈な敵意の放射。囲まれている。


 窓から投げ込まれたスタングレネードが床の上で炸裂したのは、路黒がデスクの陰に飛び込んだのとほぼ同時だった。


 白い光と高周波が部屋を満たし、すぐに消えた。

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