第二章 骨

捜索 -1

 漂流街には、幾つもの顔がある。


 居住区域を中心として展開され、治安維持管理局本部を筆頭にオフィスビルや商業施設が建ち並ぶ上層階と、工業区域やインフラ管理設備、街の動力炉等が存在する下層階。それを繋ぐ七つの軌道エレベーターには各々にゲートが設置され、保安の名目のもと市民の通行は常時監視されている。


 上層と下層の中間部に独立して浮かぶ白銀の立方体は、都市管理型人工知能# らもなすちの管理センターである。組み込まれた反重力装置の働きによって微動だにせず、街全体を睥睨へいげいするかの様に、存在感を放ち続けていた。


 生活環境も階層毎に大きく異なり、上層部のタワー型住居に関しては街の中でも衛生的で治安も良く、入居するための競争率も高い。反面、下層外縁部に沿うように組み上げられた仮設の居宅群は、様々な事情で家を失った人々が築き上げた、格差と貧富を象徴するかのような場所となっていた。都市管理型人工知能らもなすちが問題の解消に動いている、と言われながら早数年、事態は一向に改善されていない。


 中でも下層歓楽区の近隣エリアは「掃き溜め」と揶揄されるほどの劣悪な環境を誇り、複雑怪奇に入り組んだ構造物の関係から管理局の目も届きにくいとあって、組織犯罪や不法行為の温床と化しているのが実情であった。


 一度踏み込めば金か生命のいずれかを失う、とまで言われる魔窟である。工場区画から噴きだした噴煙によって昼なお薄暗く、中天に浮かんだ太陽すら霞んで見える。

 その埃っぽく乾いた歓楽区の一角を歩みながら、路黒はイヤホンマイクに指先を当て、聴こえてくる羅畝の声に耳を傾けていた。


 『まずは確認事項。メモリの内容によると、その骨の持ち主の名前はラオ・ジィエン。元は下層で古物商を営んでた男で数ヶ月前に前触れなく失踪、行方不明になってる。今回の仕事はそいつを探して、生死を確かめること』

 網膜ディスプレイに送られた画像には、これといって特徴のない、眠たげな目をした中年男が映っていた。視野角の隅でそれを捉えつつ、硬い骨を手の内で転がしながら路黒は雑踏の中を軽い足取りで抜けていく。


「この骨はC3……いわゆる第三頸椎骨だ。つまりジィエンは、既に死亡している可能性が高い」

『頸椎全体を置換するような大手術でもしてなけりゃあね。まさか平凡な中年男がある日突然、戦闘用サイボーグになったりはしないでしょ』

「どうかな。可能性はゼロじゃない」

 そんな軽口を返しながらも路黒は、まぁ無いだろうな、と呟いた。『弔え』という事なのだ、恐らくは。阿賀美がこの骨を預けてきた事こそがその証明だろう。

 

 咒骨商は死者を弔う。

死の現場に遺された生命の残滓、あるいは咬み傷、爪痕、メッセージ。己の存在が失われていく事実に納得できない者が、最後の瞬間に刻みつけた痕跡を辿ること。その死を悼# み、弔って、魂を向かうべき場所へ送り出すこと。路黒には、その能力と才があった。


 この街において、発見された人間の死体は管理局によって可及的速やかに“処理”される。機能としての墓地は存在するものの、実際に死者を埋葬しておくだけのスペースが無いからだ。しかし、最下層の処理施設で埋葬品と共に消滅した筈の人骨を、阿賀美は平気な顔で手にしている。その理屈の不可解さこそ、彼が“亡霊”と呼ばれる由縁ゆえんのひとつだ。


 だが今回の場合は、少しばかり事情が異なった。骨の持ち主であるラオ・ジィエンの死体――死んでいるものと仮定しての話だが――の所在が、そもそも不明なのである。


 死体を探せ、と暗示するからには“処理”されていないのは明らかだったが、ふらりと現れ、ふらりと消える神出鬼没のオーナーから骨の出どころを聞き出すのが難しい以上、路黒たちは情報を求めて歩き回るほか無いのだった。


「捜し物なら、虎より犬にやらせた方が良さそうなもんだ」

 屋台から漂う得体のしれない串焼きの匂いに鼻をひくつかせながら、路黒は細道を折れた。建物に張り付くような狭い石段を昇り、崩れかけた廃墟の庭先を抜ける。汚れた水路の脇を通って坂を下り、また別の通路に出た。


 当てなくぶらついている様にも見えるが、そうではなかった。メモリに添付されたデータはジィエンの個人情報に加えて、彼が営んでいた古物商の座標が記されていた。路黒は指定された場所を目指し、迷路のような歓楽区内を進んでいるのだった。

 

 『失踪当時は管理局の連中が聞き込みに来たらしいけど、収穫は無かったみたい』

「このあたりで警官相手に情報を吐いたら、その後が怖いからな。まあ、とにかく当たってみる」

『りょうかーい。こっちも色々と探りいれてみるね』

 ぷつりと通信が切れる。路黒は風を避けるようにコートの襟に顔を伏せながら、音もなく街路を歩いていく。

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