■■■の独白
ひどく退屈していた。
柔らかい陽射しの降りそそぐ窓辺に腰掛けて、私はそこから見える景色に思いを馳せる。
かつて。
この街にはウルェレンという名前が付いていたらしい。らしい、というのは今では誰も街の名前など呼ばなくなってしまったからだ。
人口概算、七百六十万人。
皆は、この街を『漂流街』と呼ぶ。なるほど、あてもなく洋上を漂い続ける都市には、この上なく相応しい名前だ。
『断絶』と呼称される大規模な電磁波障害によって、世界は過去二百年前後の歴史を喪失した。それが真実だ。
なにかがあったのだ。
とてつもなく大きな出来事が。
知識や技術、伝承は残った。記憶だけが奪われたのだ。円環は欠落してしまった。
人類が住み慣れた大地を捨て、移動し続ける無数の海洋都市上へと生活圏を移さざるを得なかった事情や、そこに至るまでの経緯、人と獣の遺伝子を混ぜ合わせた者たちがいつ現れたのか。それらの答えを知る者はすべて居なくなり、二百年間の空白だけが破損したデータサーバーの中に眠っている。
この退屈で陰鬱な旅路が何故、そしていつ始まったのか。どこへ行くのか、いつ終わるのか。先の見えない航路はまるで人生のようだと誰かが言った。まったくその通りだ。
もしかすると、私たちは永遠に彷徨# い続ける運命なのかも知れない。まるで神を罵り、その身に呪いを受けて、陸に上がることを許されなくなった船乗りのように。
閉ざされた世界の同じ場所で足踏みをしながら、人々が繰り返す日々の営みは尊くて美しいものだが、それでも退屈は耐え難いものだ。
故に、ぐるぐると廻り続ける車輪の中で、今日も私は“平穏であれ”と祈りを捧げ続ける。人々が今日も明日も、生き続けられるようにと。
そろそろ夜が明ける。世界が始まる。
変わらぬ日々が幕を開ける。
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