第95話

「三吉、と言ったな。ここで何をしている」

 若犬丸が問うた。最も無難な答えを探ろうと三吉の脳髄に幾つかの思考が巡る。

「や、野盗に追われて…」

 その答えを聞いて若犬丸は刀を下げた。が、鞘には納めない。

「聞きたい事がある」

 三吉は痙攣する様に首を縦に振って応諾を示した。

「保奈殿を見掛けなかったか?」

 そう問われて三吉は固まった。見た、と答えるべきか否か。あの娘とこの男が再会すれば、己の悪事は露見する。しかし、この場を凌げばこの者たちとも二度と会う事はあるまい。ならば…

「ああ、見た。薬師と一緒だった」

 と答え三吉は若犬丸の顔色を窺う。驚いた様だ。若犬丸は一歩身を退くと刀を鞘に納めた。

 保奈が死無常と共にいる事をどう考えれば良いのか若犬丸は決しかねた。無事、と捉えて良いのか否か。けれどもあの異音を死無常が保奈の安否を伝えんとしたものと解釈すれば案ずる事もないのではないか。

 思案に沈んでいた若犬丸がふと目を上げるとまだ三吉が探る様な目で見上げていた。何とも言えぬ不快な心持になった若犬丸は無言のまま立ち去った。三吉が嘲る様に鼻を鳴らした。


 

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