第89話

 これは、死無常か?

 若犬丸は残響を追う様に周囲に目を走らせる。死無常がこの際に如何なる行動を取るか若犬丸には掴みかねていた。人の好い薬師を通すか、本来の邪法師に立ち戻るか、いずれを選ぶにしろこの程度の事で斃れはしまい。

 ならば先程の耳を刺す様な音は誰に何を伝えんとしたのか。

 若犬丸は長者の居所に辿り着いていた。ここにはまだ火の手は届いていなかった。半ば開かれた戸口より内を窺う。切り伏せられた野盗の骸が幾体か倒れていた。

「!」

 血の滴る剣を手にして孤剣が立っていた。

 若犬丸はゆっくりと孤剣に歩み寄った。孤剣が存外しっかりとした目で若犬丸を見た。

「長者殿の頼みを果たせなかった」

 悲し気に眉根を寄せて若犬丸は孤剣を見詰めた。

「すまない」

 詫びる若犬丸に孤剣が笑いかける。

「大丈夫です。これが初めてではありませんから」

 その言葉で若犬丸は孤児だったと言う孤剣の苛烈な生を覚った。

「長者殿は?」

 若犬丸が問うと孤剣は首を振った。

「あのお方なら無事であろう」

 行こうか、と若犬丸は孤剣を促した。

「猫が、いませんでした」

 と孤剣が呟き、若犬丸は怪訝な顔をした。

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