第3話

 旅の間は、陽が昇ると共に目覚めるのが常だった慈光だが、今朝はまだ静かな寝息を立てている。そんな慈光の様子に由佐は久しく感じなかった安らかな心持を抱いていた。しばらくはゆっくり休んで頂かねば。そう思いながら由佐は戸外の様子に意識を向けた。保奈が村の者と言葉を交わしている。誰と話しているのかと、外を伺う。

 保奈が相手をしているのは年の頃は十五、六と見受けられる娘だが、その振る舞いはずっと幼い子のものの様だった。

 白痴か?と由佐は訝しんだ。

 この村に逗留し始めてから一週間にもならないがすっかり保奈に懐いている様だ。

 保奈め、去る時の事を考えないのか…

 背格好だけは保奈と変わらない程の娘を見て由佐は哀れみを覚えた。

 視線を室内に戻す。ふとある物が由佐の気を惹いた。慈光の枕元に置かれている鏡だ。それはいかにも慈光の物らしく、装飾を排した簡素な物だった。由佐はそっと慈光に近づくと、膝を着き鏡に手を伸ばそうとした。

「すまない、寝過ごしたか」

 不意に慈光が目覚め、由佐は居住まいを正した。

「いいえ、慈光様にはゆっくり休んで頂かねば…」

「保奈は?」

 上体を起こしながら慈光が尋ねた。

「表におります。村の娘と打ち解けたようです」

 そうか、と慈光が微笑んだ。戸外から楽し気な話し声が聞こえる。

「ですが、あまり長居する処でもございません。去る時にあの娘が寂しがるのでは…少し尋常の娘とは違う様で…」

 慈光は由佐の言う意味が分かりかねるのか、訝し気な顔をした。白湯をいれましょう、と由佐は立ち上がった。

 

 


 


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