第92話 劣情と決断
たしかに知香の言う通りだとは思うが、それはあまりにもドラスティックな解決策すぎる。
婚約を破棄するために、透の子どもを妊娠するなんて現実的ではない。
透がそう言うと、知香は首を横に振った。
「透さえその気なら、すぐに現実にできるわ。鍵はあなたが握っているの」
「その鍵が……えっちなことをすることじゃなければ、いくらでも使うんだけれど」
「え、えっちなことならダメなの? 透は……私を助けてくれない?」
知香は透を組み伏せたまま、小声で尋ねる。
そう。
透は知香を助けてあげたい。
かつて誘拐された時、透は知香を助けられなかった。
だからこそ、今、この瞬間、知香が困っているなら、力になりたいと思う。
(でも、その手段がセックスだなんて……)
他のことなら、きっと透はなんでもしただろう。
でも、知香とエッチなことをするのはダメだ。
それは愛乃に対する裏切りなのだから。
なのに、透の身体は本能的に知香の感触に反応してしまっていた。
お互いズボンとスカートを身に着けているとはいえ、下半身を密着させた状態だ。すぐに知香もわかったようだ。
みるみる知香が顔を赤くする。
「へ、へんたい!」
「変態なのはどっちさ!?」
「わ、私が悪いっていうの!?」
「知香がしてきたことだからね……?」
そう言われて、知香はいまさら恥ずかしくなってきたらしい。
動機はともかく、やっていることは痴女そのもの。
上半身がブラだけの半裸で、男の上にまたがって誘惑している。
しかも、場所は学校の体育倉庫。
どう考えても、変態は知香の方だ。
知香は名家のお嬢様であり、こんな「はしたない」ことを平然と行える性格ではない。
それでも、知香は透の上からどこうとはしなかった。
「透も……私でえっちな気分になっているんだ」
「男だからね。美少女に半裸で迫られたら、くらっとくるよ」
「ふうん。私のこと、可愛いと思ってくれているんだ?」
「どんな人間だって、知香のことを可愛いと思うはずだよ」
「他の人のことは関係ないの。透がどう思っているかが大事。昔の私のことも……可愛いと思っていた?」
「昔から、ずっと知香のことは可愛いと思っていたよ」
そう言うと、知香が嬉しそうにぱっと顔を輝かせる。
「そっか。そうだよね。ありがと。私もね、ずっと昔から透とこういうことをしたいと思ってたの」
知香はそっと透の胸板を撫でた。透はどきりとする。
繊細な細い指先が、知香の存在を感じさせる。
「昔からって……」
「中学生のときから、ってこと。私は透の思っているような品行方正な女の子じゃないの」
つまり、まだ十三歳ぐらいのころ、病弱で気弱だった頃の知香も、透にエッチな行為をされたいと思っていたということになる。
透にはそれが驚きだった。
知香がふふっと笑う。そして、そのままゆっくりとブラを外した。白くて大きな胸が透の目の前にさらされる。
桜色の突起が透を誘うように立っていた。
知香は恥ずかしそうに目を伏せ、そして次の瞬間には身体を倒して、透に上半身も密着させた。
質感のある胸が透の胸板に押し当てられる。
顔も互いの吐息が感じられるほど近い。
知香が耳元でささやく。
「透にだったら、何をされてもいいの」
「俺は何もしないよ」
「エッチな気分になっているくせに」
「エッチな気分になっていても、何もしないことができるのが人間だよ」
「ねえ、透。……お願い。私を救って」
知香が弱々しく小声で言う。
かつて透は知香を救えなかった。誘拐犯にさらわれた知香を見捨てて逃げた。
そのことが重くのしかかる。今、知香が望む通り、そして透の欲望どおりの行為をすれば、それで知香は一時的に救われる。
(だけど、その後は?)
知香は婚約を破棄される。それは知香の望みだから良い。けれど、もし透との子どもができたらどうするのか。
透の疑問に知香は先回りする。
「大丈夫。妊娠しても私がなんとかするから。むしろその方が好都合だし。透はなんの責任も取らなくていい。ただ初めての相手は透がいいの」
「でも、その子どもは俺の子でもあるんだよ。気にしないなんてわけいにはいかないよ」
「なら、私と結婚して、一緒に育ててくれる?」
知香が問いかける。
透は言葉に詰まった。それはできない。透には、愛乃がいるのだから。
透の反応を見て、知香が慌てた様子になる。
「冗談だから! そんなことしてほしいなんて言わないから! だからせめて、この場で私を抱いて。透は愛乃さんと結婚していいから」
知香は言いながら、泣きそうな表情になっていた。
本当は知香自身が透と結婚したい。知香の表情がそう物語っていた。透にだって、そのぐらいはわかる。
知香の胸が、吐息が、言葉が、その表情が透を狂わせる。
理性が欲望に負けそうになる。この場で知香を……大事な幼馴染で従妹を犯し、孕ませてしまいそうになる。
透は決断を迫られた。
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