第91話 知香の貞操
そうすれば、透と愛乃がどれほど強く望んでも結婚なんてできなくなるかもしれない。
「そして、私はあなた達以上にカゴの鳥なの。近衛家という檻の外にでる自由なんてない」
「そんなことはないよ。知香はいずれ当主になるし、きっと自分の力で自由を勝ち取れると思う。もちろん、近衛家の当主になるのが嫌なら、話は違うと思うけれど」
当主にさえなってしまえば、知香は近衛家という財閥の最高権力者になる。もちろん、色々なしがらみはあるとは思う。
けれど、透や愛乃のような「コマ」とは違って、知香は自分の運命を変える力を得られるはずだ。
そして、知香は昔から自分が当主になることに疑いを持っていはいなかった。
知香は寂しそうに笑う。
「そうね。私は近衛家の当主になるつもり。それが嫌っていうわけじゃないよ」
「なら――」
「でも、私が当主になる前に人生で一番大事なことを決められたら、何の意味もないわ」
「それって、婚約のこと?」
透の言葉に知香はうなずいた。そして、うつむく。
「一週間後には婚約の話が本決まりになるの」
「それは……急だね」
「婚約者の人はね、いまロンドンに駐在しているの。だから、私も向こうの学校に転校して、卒業したらすぐに結婚。信じられる?」
「近衛家ならやりかねないだろうね」
「私の意思なんか全部無視なわけ。もちろん、そうしたら、透たちと住んでいる家も、当然出ていかないといけない」
それはそうだろう。婚約者のいる令嬢を、男の家に住ませておくのは不祥事だ。
だが、それはまだしも、知香が海外に行くことになるのは予想外だ。
「知香は――」
「もちろん嫌に決まっている! でも、もうどうしようもないの」
知香はぎゅっと自分の腕で体を抱く。
それではあまりにも知香が可哀想だ。誘拐事件のときも、今回も知香は理不尽な目にあってきた。
知香は顔を上げると、透をまっすぐに見つめた。
「私は……まだここにいたい。やっと透とも仲直りできたんだから、もっと一緒にいたい。大事な友だち……愛乃さんとも、楽しい時間を過ごしたいの」
「ありがとう、知香。俺も……知香がいなくなるのは寂しいよ」
透はつい本音を言ってしまう。愛乃がいるから、透は知香の思いに応えられない。三人でのポリアモリーにも同意できない
だから、これは無責任な言葉だ。
それでも、知香は嬉しそうに笑った。その瞳には涙が浮かんでいたけれど
「透がそう言ってくれるのは、嬉しいな」
「なんとか婚約の話をなかったことにできないか、考えよう。俺にできることなら、何でもするから」
「……そう。本当になんでもしてくれる?」
「もちろん。大事な幼馴染のためだから」
「そっか。ありがとう。私もね、本当は透に『してほしいこと』があったから、ここに呼び出したの」
「してほしいこと……?」
知香はうなずくと、制服の上着を床へと脱ぎ捨てた。そして、ブラウスからしゅるりとリボンを外す。
それだけでなく、ブラウスのボタンを外しはじめた。
胸の谷間、それからピンク色の可愛らしい下着がちらりと見えて、透はうろたえる。
「と、知香!?」
「なんでも、してくれるのよね?」
そう言うと、知香は突然、透に抱きついた。柔らかい胸の感触に透は心拍数が上がるのを感じた。
そのまま知香は前のめりになり、透は後ろの体育マットへと倒れ込む。
知香に押し倒され、馬乗りされる格好になってしまった。見上げると、妖しげに潤んだ瞳で知香が透を見下ろしている。
(きゅ、急にどうしたんだろう……?)
愛乃はみんなの前では人見知りだけど、透には積極的で大胆なアプローチをする。一方、知香は如才なく人付き合いをするけれど、透と一緒にいるときは恥ずかしがり屋だった。
愛乃のエッチな行動を見て、知香は慌てふためいていて、いつも一歩遅れを取っていた。
それなのに、今の知香は別人のようだ。
頬を赤く染めた知香が、透の胸板をそっと撫でる。
「私の婚約を確実に破棄する方法が一つあるの」
透はしばらく考え、そしてその方法に思い当たり、ぎょっとした。
下腹部を密着させたまま、知香が顔を透に近づけ、耳元でささやく。
「私を抱いて。透となら、嫌じゃないから」
「そ、そんなことできるわけないよ」
「どうして? 透だって……愛乃さんにはあんなにデレデレしているくせに」
「そ、それとこれとは別というか……」
「私では興奮しない?」
言いながら、知香は体を起こすと、ブラウスを完全に脱いでしまう。
下着姿の知香の大きな胸がさらされる。
透はどきりとして、知香を見つめた。
「幼馴染の従弟に押し倒されて、セックスして中出しされて、妊娠しちゃいました……なんて言ったら、絶対に婚約破棄になるわ」
「そ、そうかな……?」
「いまどき政略結婚するような家は、処女性にこだわるの。わかるでしょ?」
<あとがき>
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