第86話 美少女二人との今後

 美少女二人との同棲生活。二人から愛を向けられる生活。それは男にとっては夢のような話かもしれないけれど。

 愛乃のことを考えると、うなずくのは誠実だとは思えない。


 知香が笑みを浮かべる。


「もしそれが愛乃さんの望みにもなったら、どう?」


「愛乃さんが望む……?」


「愛乃さんはデーティングを提案した。どちらかが勝って、透を独り占めする未来。でも、そのとき、選ばれるのは愛乃さんだって私もわかってる」


 知香は言う。そして、それは事実だった。もし、今、透がどちらかを選ぶとすれば、婚約者の愛乃だ。

 知香はその残酷な事実を理解している。


「知香は本当にそれでいいの?」


 知香は包丁を動かす手を止め、こちらを見つめる。

 そして、黒い瞳で俺を見つめる。


「私も本当は透を独占したい。だけど、それはできないから。私、愛乃さんのことも嫌いじゃないし」


「だけど、そんなことをしたら知香は他の人と婚約したりできなくなる」


「それが目的でやるの。私は家が選んだ婚約者と婚約するつもりなんてない。透と愛乃さんのそばにいたほうがいい」


 本当にそうなのだろうか? でも、知香が新しい婚約を拒否したい理由がわかるし、それは透がいなくても結論は同じなのだろう。


 それなら、知香がポリアモリーを推奨するのも理解はできる。

 知香はくすっと笑う。


「いますぐ結論は出さなくてもいいの。考えておいて」


 それから二人は黙々と料理をした。けれど、透が隣りにいる知香は幸せそうで……。

 透は知香の望みなら叶えてあげたい。過去の贖罪のためにも。


 でも、それは愛乃を裏切ることになりはしないだろうか?

  

 知香が作った味噌カツはとても美味しかった。副菜も豪華だったし。

 愛乃もそれを堪能して「やっぱり知香さんの料理、すごく美味しい……!」と褒めまくっていた。


 知香もまんざらではないのか、「そ、そう……?」なんてつぶやいて、顔を赤くする。


 今、この瞬間は幸せだ。でも、愛乃にも知香にもそれぞれ思惑があって、二人の望む結末はたぶん違っている。


 愛乃は当然、透を婚約者として独占したいだろう。この同居生活はデーティングとしてのお試し期間であって、最終的には知香に勝つことを目的としている。


 一方、知香は透、愛乃との三人での同居生活を最終目標に設定しようとしている。もちろん、本心では透を独り占めしたいのだとは思う。


 そして、この状況への近衛家の介入が迫っていた。





 なんやかんやで愛乃たちとの同棲生活が始まって二週間。

 三人での生活にますます馴染んできた。


 そんなある日、金曜日の放課後。

 透は一人で家に帰ってきた。


 学校からは歩いて帰れる距離にある。


 愛乃は知香に誘われて、珍しく他の女子たちとカラオケに行くのだとか。女子会だということで、透は当然参加できない。


 以前は愛乃はクラスで浮いていて、同じ学校の生徒とカラオケに行ったりなんてしなかったわけだから、進歩だ。

 これも知香のおかげでとも言える。


 知香はすっかり愛乃の親友のようなポジションに収まっている。

 透が嫉妬してしまうぐらい仲良しだ。


(知香に愛乃さんを取られたらどうしよう……?)


 なんて、ちょっと心配してしまう。百合カップルの二人のあいだに挟まる男・連城透……みたいになったら追い出されてしまうかもしれない。

 

 近衛家とリュティ家の政略結婚はべつに知香と愛乃の同性カップルでも成立してしまう、かもしれない。


 ソファに背中をもたれかけさせ、透は考える。


(まあ、愛乃さんと知香がカップルというのは妄想だとしても……俺は愛乃さんのために何をしてあげられるんだろう?)


 婚約者として愛乃を守ること。それが透の最優先課題だ。

 ただ、それだけではダメな気がする。

 

 愛乃の隣に立つのにふさわしい人間にならないといけない。


 いまのところ透は成績も悪くないし、愛乃も透も読書家で共通の趣味の話題もある。

 だけど、愛乃を幸せにするためには、もっと将来のことを考えないといけない気がする。


 そんなことを考えているうちに、透はうとうとしてきた。金曜日だから意外に疲れも溜まっていたのかもしれない。


 気づくと眠ってしまっていたようで、かなり時間が経っていた。

 柔らかい感触に透は頭の中が「?」となる。


 両隣を温かい感触で挟まれている。


(こ、これは……)


 ソファに透以外に人が座っている。しかも、女の子。

 ふわりと甘い匂いがする。


「あー、透くん。寝ちゃってる……」


「寝かせておいてあげよっか」


 愛乃と知香が口々に言い、透の耳元でささやく。いつのまにか帰ってきていたらしい。


 どうやら、二人は寝ている透を挟んでソファに座っていて、膝が触れ合うほどの距離で密着している。 


 つんつんと透の右頬がつつかれる。

 なんとなく愛乃の気がしたが、やっぱりそのようで、知香が「寝てるからってやめなさいよ」なんて呆れたように言う。


「だって、透くん。可愛いんだもん。女の子みたいで肌も綺麗だし……」


「ま、まあ、たしかに透って顔立ちは整っているわね」


「知香さんも触ってみたら?」


「そ、そんなこと……」


「してみたいんでしょ?」


 つんつんと左頬も遠慮がちに突かれる。くすぐったい。

 実は起きていると透は言いづらくなった。


 しかも、今度は愛乃が頬を撫でたりもしてきた。

 知香が「ちょ、ちょっと愛乃さん。透が起きたらどうするの?」と小声でささやく。



<あとがき>

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