第85話 ポリアモリー
「ねえねえ、夜ご飯こそどこか出かける?」
愛乃の提案に知香は「よくぞ聞いてくれました」とにやりと笑みを浮かべる。
「それも良いけど……私がどうしてこの格好をしていると思う?」
メイド服を強調するように、そのスカートの裾を知香が引っ張る。完璧メイドさんという雰囲気ですごくよく似合っている。
が、メイド服を着ているのは意味不明だ。透を喜ばせるためと言っていたけれど、それだけではないということなのだろう。
「知香さんが実はメイドさんだから……?」
愛乃が首をかしげて言うと、知香が「そんなわけないでしょ」と呆れたように言う。
(いや、意味不明なのはどっちかというと知香なんだけど……)
「透くんを誘惑するためだけじゃないんだね?」
「誘惑って人聞きの悪い言い方をしないでよ……」
「そういえば、そのメイド服はどこで用意してきたの?」
「ふふっ。近衛家の屋敷から借りてきたものなの。本格的でしょ?」
透にとってはとても見慣れた服だ。数年前まで、透もこのメイド服の女性たちにかしずかれて生活していたのだから。
「夜ごはんもね。私が作ってあげようと思うの」
「えっ、いいの!?」
知香の言葉に愛乃が目をきらきらと輝かせる。
「もちろん。私こそ婚約者にふさわしいって透にアピールするチャンスだし」
「やった! 知香さんの朝ご飯すごく美味しかったから楽しみ!」
「ええ。期待していなさい。……って、愛乃さん。私のこと、ほんとに恋敵だと思ってる」
「思ってるよ。美味しい夜ご飯楽しみ♪」
「絶対思ってないでしょ!?」
知香が突っ込み、「もうっ」と頬を膨らませる。
それから、くすくすと知香も笑う。
少し早いけれど、三人とも意外とお腹は空いていたので、夕食の準備に取り掛かることにする。
材料は知香が買ってきてくれたらしい。
台所に立つ知香の隣に透は立つ。知香はキャベツを千切りにしていた。
「手伝うよ、知香」
知香が「あっ」とちょっと嬉しそうにする。
「愛乃さんはいいの?」
「はしゃぎすぎて疲れたみたいでさ。ソファで寝ちゃってる」
「そっか。愛乃さん、そういうところも可愛いよね」
「そうだね」
透が相槌を打つと、知香が少し寂しそうな顔をする。
「本当なら透に可愛いと思ってもらうのは、私だけの特権だったはずなんだけどな」
「……今の俺は愛乃さんを可愛いと思ってる」
透は正直にそう言った。透が隣にいてほしいのは、愛乃だ。可愛くて素直で透のことが大好きで……透を認めてくれた存在。
透は彼女を守ると約束した。その約束を果たしたい。
知香は小さくうなずく。
「透の心が愛乃さんにあるのはわかってる。透は私が新しい婚約をするっていっても反対はしてくれない。そうでしょ?」
「反対する権利なんて、俺にはないよ」
「そう言うと思ってた。私の婚約の話ね、進んでいるみたいなの」
「そっか」
透はなんて言えばいいかわからなかった。知香がその婚約を受け入れれば、その男性と知香は結婚することになるのだろう。
透の表情を見て、知香はくすくすっと笑う。
「ちょっとは寂しいって思ってくれてるんだ。嬉しいな」
「身勝手だとは思うよ」
「ううん、いいの。私も婚約は断るつもりだし」
「えっ!?」
知香があまりにもあっさり言うので、透は驚いた。知香は真面目な表情だった。
冗談ではないらしい。
「家の都合で婚約を押し付けられるなんて、うんざり。私だって普通の女子高生なのよ?」
「まあ、そりゃそうだろうね。俺と愛乃さんも政略での婚約だけど……」
「透と愛乃さんみたいな関係なら羨ましいけどね。私の場合は違うから」
相手の婚約者の男性は悪い人ではない、とこないだ聞いたときは言っていた気がするけれど。
知香は肩をすくめた。
「実はさっき直接会ってみたの」
「それで実はとんでもない見合い相手だった?」
「べつに。良い人は良い人だと思う。でも、歳が離れすぎているし。私が近衛家とその人の家の都合で利用されているのは、露骨だし」
高校生で将来を決めるのは、あまりにも早すぎる。たとえ今、好きな相手であっても、将来もそうだとは限らない。
婚約相手がよく知らない人間だったら、なおさら避けたいだろう。
「私は透が婚約者だったら、全然ウェルカムなんだけどな」
冗談めかして知香は言う。透はその知香の言葉にうなずくことはできない。
知香が作るつもりなのは、どうやらとんかつらしい。豚肉を広げ、知香は透に衣の準備を頼む。
「私ね、考えていることがあるの。ポリアモリーって言葉、知ってる?」
そんなふうに料理を作りながら、知香はポツリとつぶやいた。
「ええと、たしか複数人の異性と合意の上で付き合うっていう話だよね?」
恋愛は男女が一対一(あるいは男同士/女同士の一対一)で行われる。
ポリアモリーというのは、それをパートナーが全員合意の上で複数人で行うというライフスタイルだ。最近は日本でも話題になっている。
知香が何を言い出すのか、透はなんとなく予想はついて、どきりとする。
「愛乃さんが透のことを必要としているのはわかるの。だからね、透がわたしと愛乃さん同時に付き合えばいいんじゃない?」
<あとがき>
知香の意外な反撃の一手が……!?
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