第71話

 知香ともデュエット曲を歌い、透はかなり疲れた。

 初めてのカラオケで2曲連続だったし。しかも2曲目はアイドル二人(もちろん女子)の曲。


 知香は楽しそうで、しかもとても上手だった。


 それにしても、てっきり愛乃に対抗して知香も男女二人の濃厚なラブソングを入れてくるかと思ったので、意外だった。


「透がこういうの好きだと思って」


「さすがよくわかってるね……」


 この曲を歌っているのは、<エトワール・サンドリヨン>というアイドルグループの人気メンバー、一宮実菜と妙音院あずさの二人。

 実は透もファンだった。


「私は幼馴染だからね。透のことは何でも知ってる」


 知香がとても得意げに言う。

 そういう意味では知香は透の好みを知り尽くしている。


 三年も経てば変わったこともあるけれど、変わらないことも多い。


 採点をすると、88点なんて結果が出た。


「もっと高い点行くかと思ったんだけど」


 知香が悔しそうに言う。知香は得意だと宣言したとおり完璧な歌いぶりだったので、透のせいだろう。

 透がそう言うと、知香はふふっと笑う。


「ありがとう。今度は二人でもっと良い点が出せるように、私が透を教えて上げる」


 そう言うと、知香は透の手をそっと取った。びっくりして透は知香を見るが、知香は透の手を放そうとしなかった。


「勝負の約束、透もリュティさんも覚えているわよね?」


 知香の確認に、透はこくんとうなずき、愛乃は知香をじっと見た。

 カラオケ対決で勝ったほうが、透になんでも命令できる……という約束だった。


 そして、この戦いは知香が勝者だった。

 知香は透の手を触りながら、満面の笑みを浮かべる。


「ふふふ、何をしてもらおうかしら……」


「ちょっと怖いんだけど」


 意外にも愛乃は冷静な様子だった。嫉妬心をむき出しにすることもなく、ただ、一言、知香に尋ねる。


「近衛さんは透くんにエッチなことをしてもらいたいの?」


「えっ。そ、そんなわけないでしょ!?」


「本当かなあ? おっぱい触ってほしいとか、考えてない?」


「考えてないわ。透に私の胸を触って欲しいなんて……そんなこと……ない。と、透がどうしてもって言うなら、いいけど……」

 

 知香は顔を真っ赤にして目を伏せ、ちらちらと透を見る。

 突然、話を振られて透はドギマギする。


「い、いや、俺は別に……というか、これは知香が俺に命令する話だよね?」


「そ、そうだけど……わ、私からはハレンチなことは命令したりなんてしないわ」


 混乱した様子の知香に、愛乃が「健全なことに使うってことだよね」と念を押す。

 結局、知香は押し切られてしまった。これで命令権を使って、変なことはできないと愛乃も安心したらしい。


 もちろん知香が変なことを言い出したら……さっきみたいに胸を触って欲しいとか、そういうことを言い出したら、透が止めるつもりではあるけれど。


 でも、状況次第では透の理性が抗えないかもしれない。

 透はちらっと知香の胸を見てしまう。ブラウス越しだけれど、質感がはっきりと見て取れる。


 三年前とはそこだけは全然違って、15歳の女の子とは思えないほど大きい。

 知香が慌てた様子で胸を手で隠した。


「ど、どこ見ているのよ!?」


「ご、ごめん! でも、二人が意識させるようなことを言うから……」


「べ、べつに透が見たいなら、いいけど……」


 知香は照れたように言う。

 ところが、愛乃はもう一歩大胆だった。


 突然、ブラウスの第一ボタンを外したのだ。愛乃の大きな胸の谷間と、ピンク色のブラがちらりと見える。

 そして、透にぴたっと身を寄せた。


「あ、愛乃さん……!?」


「近衛さんばかり見ていたらダメ。透くんの婚約者はわたしだけなんだから」


「この部屋では、え、エッチなことはしないんじゃなかったの?」

 

「そのつもりだったけど、透くんが近衛さんのことをエッチな目で見るから、我慢できなくなっちゃった。負けたの、けっこう悔しいし」


「愛乃さんって意外と負けず嫌いだよね」


「そうなの。それが大事な人のための勝負ならなおさらね」


 そう言って、愛乃は透の身体に胸を押し当てる。柔らかい双丘がふにゃりと形を変えた。

 

「別の勝負なら、負けないんだから……」


 愛乃は小声でささやく。透はドキドキさせられっぱなしで、一方、知香も愛乃に対抗心を燃やしたのか、「は、ハレンチなのはダメ!」とつぶやく。


 そのまま透と愛乃のあいだに、知香が割って入るのかと思いきや、知香は透の左手をとって、自分の胸に押し当てた。


「と、知香!?」


「わ、私だってこのぐらいの勇気は出せるんだから」


 そんな知香を見て、愛乃がくすりと笑う。


「そうそう。近衛さんにはそういうふうに自分に素直になってほしいの」


「そうね。そうじゃないとあなたには勝てないみたい」


 愛乃と知香の視線が交差する。

 金髪碧眼の美少女には胸を当てられ、黒髪清楚な美少女の胸を触る。


 そんな普通ではない状況に、透は困惑し、そしてドキドキしていた。

 心臓が早鐘のようになる。


 結局、透は愛乃と知香と密着したまま、三人で残りの一時間弱を過ごした。


 さすがに胸に触れたり、胸が当たる体勢になるのは止めたけれど、二人が機会があるごとに「わたしの方が可愛いよね?」「透の好みは私よね?」なんてアプローチをしてきて、へとへとに疲れた。


 三人で楽しくカラオケを過ごし、透と愛乃、知香の三人は建物から出た。

 

「楽しかったね! 透くん、近衛さん!」


「そうだね」


 透の相槌に知香もうなずく。

 愛乃はふふっと笑った。


「近衛さんもとても歌が上手くてすごかったし!」


「そ、そうかしら……?」


「うん! 近衛さんとも仲良く慣れて嬉しいな」


「え、えっと……その、愛乃さんって呼んでも良い?」


「え?」


「い、嫌ならいいんだけど……」


「ううん、とっても嬉しい! わたしも知香さんって呼ぶね」


 愛乃がぱっと顔を輝かせて言う。

 そして、二人はくすくすと笑いあった。


 美少女二人が仲良くしているのも絵になるなあ、なんて透は考えていたが、よく考えると他人事ではないのだ。

 この二人が友達になっても、恋敵であることに変わりはない。


 そして、その事実を突きつけたのは、桜井明日夏だった。


「……っ! 連城、何してるの?」


 振り向くと、そこにはTシャツとジーンズ姿の明日夏が立っていた。




<あとがき>

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