第70話 愛乃は透に恋愛ソングを歌わせる  

 まずは最初は愛乃&透という組み合わせ。次に知香&透の組み合わせ。

 デュエットでどちらが高得点を取れたかで、相性の良さを測定する……ということらしい。


「勝った方のお願いをなんでも透が聞くってことで」


 知香はそう言って、愛乃もうなずく。

 なぜか賭けに使われてしまったけれど、透も流されてしまう。


 カラオケでの対決にどれだけ意味があるかは疑問だけれど。ちらりと愛乃を見ると、愛乃が「本当は……身体の相性で判断したほうがいいよね?」なんて、小声で恥ずかしそうに言う。


 その愛乃の頭を知香が軽く叩く。

 知香の顔は真っ赤だった。


「下ネタは禁止!」


「近衛さんってやっぱり真面目だよね。それにその……」


「ええ、どうせ私は処女よ! 悪い!?」


(下ネタは禁止、と自分で言ったくせに、センシティブな話題を入れてきたな……)


 そして、知香は透をちらりと見る。


「透意外の男の子と付き合ったりなんて、考えられないから」


 そう言われて透はどきりとする。疎遠だった三年弱のあいだに、知香は誰かと付き合っていないかは少し気になっていた。


 学校で一二を争う美少女の知香は、おまけに成績優秀・スポーツ万能で誰にでも優しい。

 モテないはずがないと思うし、告白だって何度もされたはずだ。


 ところが、知香は首を横に振った。


「告白はたしかにされたことあるけど、全部断ったし。それに、そんなに告白たくさんされたわけじゃないし、モテてもいないと思う」


 愛乃は不思議そうに「なんでだろ……?」と首をかしげている。

 でも、透にはなんとなく理由がわかった。


「知香は完璧すぎて近よりづらい雰囲気があったのかもね」


「そうそう! それ! 中等部のときに言われた! 私じゃなくて、真衣ばっかりちやほやして……」


 真衣、というのはたしか中等部のとき、知香と一緒に生徒会役員をやっていた子だ。彼女も可愛いと評判だったけれど、どこか抜けているというか、天真爛漫すぎる子だった気がする。


 そういう女子の方がモテるのも、理解はできる。

 

「でも、本当に好きになって欲しい人にすきになってもらえれば、関係ないんだけどね」


「そ、そっか……」


 そんな透と知香を見て、愛乃はぷくっと頬を膨らませる。


「透くんはわたしのものなんだもの。この曲、歌おう?」


 愛乃が勝手に曲を決めてしまう。いつもは控えめに透の意見を聞く愛乃にしては珍しい。

 それだけ知香に嫉妬しているということなんだろう。


「わたしだってすごくモテるんだからね?」


「愛乃さんがすごくモテるのは知っているよ。毎日のように告白されているところだって見ていたし」


「そ、その頃から透くんはわたしのこと、気になっていたの?」


「ま、まあね」


 書店で知り合う以前から、透と愛乃はクラスメイトだった。でも、透にとって愛乃は遠い存在だった。

 クラスで一番、いや、学校で一番可愛い女の子。北欧系の美少女で圧倒的な存在感。

 

 愛乃は遠い存在だった。でも、今は違う。

 ふふっと愛乃が笑う。


「嬉しい。わたしがどんなにモテても……わたしの婚約者は透くんだけだから」


 そして、愛乃はマイクを手に取り、立ち上がった。

 つられて、なんとなく透も立ち上がる。知香が「べつに座ったまま歌ってもいいのよ?」と小声で言い、透と愛乃は顔を見合わせた。


(知らなかった……)


 けれど、曲が始まってしまったので、透も愛乃もそのまま歌い始めた。


 初めて歌うカラオケはけっこう楽しかった。これがストレス解消になるというのもわかる気がする。


 愛乃と知香の前だから、少し緊張したけれどやがて慣れてしまった。


 愛乃はとてもノリノリだった。そして、歌も上手い。

 勉強は知香や明日夏と違って得意ではないみたいだけれど、愛乃もやっぱりスペックが高いお嬢様だ


 ただ、愛乃の選んだ曲はコテコテの恋愛ソングでそこだけが気になった。男女で歌うデュエット曲なのだけれど、歌詞がとても恥ずかしい。


「あなたはわたしだけのものだから♪ 誰にも渡したりしないの♪」


 愛乃が透を熱っぽく見つめながら、歌詞を綺麗に歌い上げる。

 透も慌てて交代で歌詞を追う。


「き、君がいない夜は世界が終わったようなもの。つまり、君が大好きで愛しているってことさ」


 こんなキザなセリフ、実際には絶対言えたりしない。

 それとも愛乃相手なら……いつか言ってしまうのだろうか?


 愛乃はにまにまとしながら、歌っている透を見つめている。

 

(まあ、愛乃さんが楽しそうだから、いっか……)


 こうして透と愛乃のデュエットは終わり、採点となった。

 結果は85点。


「悪くないんじゃない?」


 ぱっと愛乃が顔を輝かせる。透もそう思った。

 どのぐらいが普通なのかはわからないけれど。


「俺がだいぶ足を引っ張っちゃったかな」


「そんなことないよ。透くんのおかげ」


 愛乃がそう言ってくれるとちょっと嬉しい。


 知香がふふふっと笑う。

 どうしたのだろう?と透と愛乃は知香を振り向く。


「残念ね。二人とも。私……カラオケはすごく得意なの」


「そ、そうなの!?」


 透が思わず問い返すと、えへんと知香は豊かな胸を張った。


「覚悟なさい。透に言うことを聞かせるのは私なんだから」


「えっと……」


「言っておくけど、手を抜いたらダメだからね?」


 知香は透をジト目で見て、そして曲を入れた。





<あとがき>


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