第69話 三人仲良くカラオケ!

 ということで、透たちはカラオケのリモコンで曲を入れ始めた。

 操作方法がわからないので知香に聞くと、知香が嬉しそうに「ここはね、こうするの……」なんて教えてくれる。


 それにしても、すぐ隣なので距離が近い。長いきれいな髪が透の肩に触れる。


「知香はカラオケ、よく来るんだ?」


「そうね。クラスの友達とかと。言っておくけど、男と二人きりで来たことなんてないからね?」


「わかっているよ。いや、知香も変わったなと思って」


「私だって女子高生なの! 昔の透べったりだった子とは違うんだから」


「そうだね」


 あの誘拐事件から三年が経った。病弱で、いつも透の後ろにいて、透に守られていた少女はもういない。


 生徒会役員で、女子バスケ部のエース。学年一位の優等生。そして、近衛家の後継者。

 誰が見ても、知香は優秀な女の子だ。


 そんな知香は透を上目遣いに見る。


「でも……昔に戻りたいなって思ったりもするの」


「え?」


「あの頃は透が隣にいてくれたから。寂しくなかったから」


「今の知香の周りにはたくさんの人がいるよ」


「でも、一番大事な人はいないわ」


 知香はそう言うと、顔を真っ赤にした。

 そして、照れ隠しのように曲を選んで入れる。


(今でも……俺は知香の一番大事な人なんだ)


 そのことが透を動揺させる。もし透にとっても、知香が一番大事な人だったら。

 困難であっても、透は知香と婚約者に……仲の良い幼馴染に戻ろうとしたかもしれない。


 でも、透の右隣には、北欧美少女の婚約者がいる。

 愛乃は羨ましそうに、そして少し不安そうに透たちを見る。


 そんな愛乃の膝の上に透はそっと手を置く。愛乃は「あっ」と声を上げると、くすりと笑う。


「嬉しい」


 愛乃が小声でささやいて、透も微笑む。

 今の透は愛乃の婚約者だから、愛乃を不安にさせるようなことをしてはダメだ。一方で、知香も大事な幼馴染で、今は同居人でもある。


 そして、愛乃と知香は透をめぐって争う恋敵。この三角関係をどうすればいいのか……透は考えないといけない。


 ただ、愛乃と知香は、やっぱり三人でいるのもそれはそれで楽しそうだった。

 知香が選んだのは、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのアーティストの有名曲。ついでに男女ともに大人気の深夜アニメの主題歌でもある。


「近衛さん、うまーい!」


 愛乃が横から明るい調子で言うと、知香ははにかんだような笑みを浮かべる。

 すっかり友達同士、みたいな雰囲気だ。


「ありがと」


 歌い終わった知香は上機嫌だった。

 愛乃が興味深そうに知香を見つめる。


「それにしても、近衛さんもそういう曲、歌うんだね。それ、アニメの曲でしょう?」


「わ、悪い!?」


 知香が顔を赤くする。愛乃はふふっと笑って、首を横に振る。


「ううん。少し意外だったから。でも、わたしもそのアニメ好きだよ?」


「そうなの?」


「うん。アニメ化前から原作の漫画も読んでいるし」


 なぜかえへんと愛乃は胸を張る。透にとって、それはちょっと意外だ。

 ただ、愛乃は小説を読むのは好きなようだし、漫画も読んでいてもおかしくないのかもしれない。


 透は昔を思い出す。


「知香も昔は漫画やアニメ、好きだったよね?」


「今も、ね。みんなにはあまり話していないけど」


 病弱だった頃の知香は外に出ることがあまりできなかった。自然と部屋にこもっていても楽しめる漫画やアニメにハマっていたのだ。


「透と二人で一緒にアニメを見たりしたよね?


 知香が懐かしそうに言う。近衛家の屋敷にいたころ、知香は透にべったりで、透のすることを何でもしようとした。


 ということは、漫画やアニメも透の影響かもしれない。 

 

(はっきりと覚えていないけれど……)


 愛乃がふうんとつぶやく。


「でも、これから一緒に本を読んだり、映画を見たり、アニメを見たりするのは、婚約者のわたしなんだもの」


「わ、私だって透と一緒にアニメ見たりしたい!」


 知香はもう本音を隠すことなく、そう言い切ってしまう。

 愛乃は面白そうに知香を見る。


「わたし、近衛さんと仲良くできそうな気がするの」


「そ、そう……?」


「うん。でも、透くんを渡したりはしないけどね?」


「そんなのわかってるわ。私だってリュティさんに透を渡したりしない」


 ばちばちと愛乃と知香は火花を散らす。

 そして、愛乃はぽんと手を打った。


「そういえば、店員さん、言ってたよね。デュエットで対決したら面白いんじゃないかって。あれ、やってみる?」


 愛乃はあの提案を本気で捉えていたらしい。


 知香はうろたえた様子で、「ふ、二人で歌うなんて……そんなの恥ずかしいわ」とつぶやく。

 愛乃は首をかしげる。

  

「透くんさえよければ、デュエットもやってみたいかも」


「い、いいの……? 俺はそんなに歌は上手くないかもしれないけど」


「透くんと一緒なら、なんでもしてみたいよ。わたしも初めてだから、上手くできなかったらお互い様、だね」


 初めて、というところを愛乃は強調する。

 変な妄想をして、ちょっといかがわしく聞こえたのは内緒だ。


「近衛さんは嫌なら、しなくていいけど……わたしが透くんを独占しちゃうから」


「や、やるわ! やるに決まってる!」


 こうして愛乃vs知香の歌唱対決が始まった……。




<あとがき>

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