第62話 新妻はどちら?

 愛乃と知香と同じベッドで寝て、透は最初、ほとんど眠れないかと思った。

 なにせ愛乃は寝ぼけて「透くん……大好き」なんてつぶやいて、透に抱きつき、その大きな胸を押し当てていた。


 知香は知香で「透……可愛い」なんて寝言をつぶやきながら、透の身体をずっと撫で撫でしていた。


 二人とも無防備に寝てしまっていて、美少女のサンドイッチ状態だったから眠れるわけない。

 しかも、愛乃にいたっては、「透くんに襲われるのも覚悟しているよ?」なんて寝る前に言っていたし、そういうことをすることをどうしても想像してしまう。


 たとえば、寝ている間に愛乃の胸を触ったりしても、愛乃は怒らないだろう。むしろ、愛乃は透にそうされることを望んでいる。


 もちろん、純粋に透に好意を持ってくれている面もあるとは思う。

 ただ、愛乃は、透との婚約をより確実なものにするために、既成事実を作ってしまいたい。

 

 それがわかっているからこそ、透は愛乃に手出しなんてできなかった。

 二人の婚約は、愛乃を助けるための手段で、いまのところ恋人のフリも偽装なのだから。


 知香も透のことを好きだと言ってくれているけれど、新しい婚約者ができるという話もあるし、知香とそういうことをするのは論外だ


 でも、現に二人はベッドの上で透に抱きついていて……。


 透は悶々としていたけれど、やがて慣れてきたのか、ようやく二時間近く経って寝ることができた。



 翌朝。窓からの光で透は目を覚ました。

 今日は休みだから、慌てる必要はない。二度寝しようかと思ったら、透はもぞもぞとした感触を覚えた。


(……なんだろう?)


 そして、気がつく。愛乃が透の下半身に抱きついていた。毛布はめくれていて、愛乃は寝言で「ううん……」とつぶやいて、ますますぎゅっと透にしがみつく。


 ちょうど、透のデリケートな部分のあたりに、愛乃の顔が埋まるような形になっている。薄着のパジャマは乱れていて、胸元が寝る前よりも開いていて、谷間が見えている。


 透は体温が上がるのを感じた。寝起きで忘れていたけど、昨夜は愛乃たちと一緒に寝たんだった。


(そういえば知香はどこだろう……?)


 一瞬、知香のことが脳裏によぎるが、すぐに愛乃が「透くん……」と名前を呼びながら、透の身体に頬ずりする。


(こ、これはまずい……)


 愛乃はまだ眠っているようだけれど、早急に起きてもらわないと困る。


「あ、愛乃さん……!」


「う、ううん……?」


 愛乃はようやく目を覚ましたようで、そして、青い目をぱっちりと開け、次に驚いた表情をした。

 服を着ているとはいえ、目の前に透の下半身があったのだから、当然だろう。


 しかも……。


「と、透くんの……エッチ」


「せ、生理現象だからね?」


「わ、わたしでエッチな気分になったなら、正直に言ってほしいな」


「違うから!」


「隠さなくてもいいんだよ? わたしのせいで透くんが苦しそうなら、わたしが透くんの欲求不満を解消してあげないとね?」


「愛乃さん……俺の話を聞いてください」


 くすくすっと愛乃が笑う。愛乃も本気ではないのだろう。

 だが、本気にした人がいた。


「へえー、透ってば、リュティさんに欲情してたんだ?」


 部屋の扉に知香が仁王立ちして、透たちをジト目でみていた。

 もう知香は清楚なワンピース姿に着替えていて、しかも、その上にはエプロンをつけていた。


「ち、違うよ……。というかなんでエプロン姿?」


「そ、それは……透に朝ご飯を作ってあげようと思って」 


「え?」


「そうしたら、なんだか私が透の奥さんみたいかなって」


 知香がほんのりと頬を赤く染める。愛乃がむうっと頬を膨らませる。


「近衛さん、透くんに好きになってもらうように必死だね?」


「わ、悪い? あなたも同じでしょう?」


「……そうだね。でも、ご飯を作るよりも、朝チュンの方がずっと新婚さんらしいと思うよ?」


「透とあなたは何もしていないでしょう!?」


「でも、透くんはわたしでエッチな気分に――」


 二度目の言葉に、恥ずかしいからやめてほしい、と透は愛乃に願った。エッチな気分になったのは嘘ではないけれど……。


「ともかく、せっかく近衛さんが用意してくれたんだから、朝ごはん食べない?」


 透の言葉に、愛乃と知香は顔を見合わせ、そして、こくりとうなずいた。









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