第36話 知香の義務
登校した後、教室の扉を開くのに、透は少し緊張した。
愛乃と一緒だからだ。
扉の前でためらっていると、愛乃が不思議そうに首をかしげる。
「透くん、どうしたの?」
「いや……みんなどんな顔をするかなと思って」
透も愛乃も、クラスにはほぼ友人はいない。
そんな二人が親しそうに、教室に入れば、注目されるに決まっている。
愛乃は柔らかく微笑んだ。
「気にすることはないよ。だって、わたしたちは……婚約者だもの」
愛乃は、はにかむようにそう言った。「婚約者だもの」というのは、愛乃の口癖になりつつあるな、と透は思った。
二人が婚約者であることが、今の所、たしかに二人の関係で最も重要なことではあるけれど。
まだ早い時間だし、教室にいるクラスメイトも多くない。
覚悟を決めて、透は深呼吸をした。
そのとき、後ろから声がかけられる。
「おはよう、連城くんとリュティさん」
きれいな澄んだ声に振り向くと、そこには近衛知香がいた。
知香は黒い艷やかな髪を右手で触っていて、そして、落ち着かない様子で透をまっすぐに見つめた。
なにか言いたそうにしているが、踏ん切りがつかないという感じだった。
「えーと、おはよう、近衛さん」
透はそう返事をしたが、知香はもじもじとしたままだった。
こないだ近衛家の屋敷で、透・愛乃と知香は対峙して、知香は逃げ出してしまった。
愛乃が知香に「透くんのこと、今でも好きなの?」と尋ねて、知香は言葉に詰まってしまったのだ。
その知香が、透たちにどんな用事があるのか。
(話をするなら、できれば、学校以外の場所が良かったんだけど……)
もともと知香と婚約者だったことは、学校では秘密にしている。
人前であまり踏み込んだ話をするわけにもいかないし、注目も集めてしまう。
とはいえ、知香と疎遠になっている以上、学校以外で知香が透に話しかけることができないのもわかるのだけれど。
愛乃はいたずらっぽく微笑み、そして恋人のようにぎゅっと透に身を寄せた。
その華奢で温かい体の感触に、透はどきりとする。
知香がかっと顔を赤くして、透たちを睨む。
「連城くん……昨日の夜、リュティさんに……変なことをしなかったでしょうね?」
していない、と答えようとして、透は言葉に詰まった。
愛乃と一緒にお風呂に入り、一緒のベッドで寝て、胸も触り……と、とても何もしていないとは言えない。
透が黙ったのを見て、知香がうろたえる。
「ま、まさか……本当に……あ、赤ちゃんができちゃうようなことをしちゃったの?」
透と愛乃は顔を見合わせる。そして愛乃がくすっと笑って、知香を青い瞳で見つめる。
「近衛さんって……意外とエッチだよね?」
「そういうことを疑わせるようなことを言ったのは、あなたでしょう!?」
知香が愛乃に詰め寄ると、愛乃はふふっと余裕の笑みを浮かべた。
「わたしが妊娠しちゃうようなことをは何もしていないよ。わたしはされてもいいんだけど」
知香はほっと胸をなでおろした様子だった。
ところが、愛乃がそんな知香に追撃をかける。
「でも、一緒のお風呂には入ったよ?」
「え?」
「わたし、透くんにいっぱいエッチな目で見られちゃった」
「わ、私だって、透と一緒にお風呂に入っていたことあるもの!」
「でも、小学六年生のときのことでしょう? 透くんに、わたしの胸も触ってもらったの。それでね、一緒のベッドで寝て……」
透が慌てて愛乃の服の袖を引っ張って止めようとするが、もう遅かった。
知香が顔を耳まで真赤にして、黒い瞳を涙目にして透たちを睨んでいる。
「決めた」
「え?」
「私は近衛家の人間として、あなたたちがふしだらなことをしないように見張る義務があるわ」
「そんなのないと思うけど……」
透が控えめに言うと、知香が頬を膨らませる。
「あるの」
そうだとして、見張るといっても、知香はどうするつもりなのか、透は気になった。
そして、その答はすぐに示された。
「私もあなたたちと同じ家に住むわ」
知香は、当たり前のことのように、そう言った。
<あとがき>
大荒れの予感……!
面白い!
続きが気になる……!
愛乃たちが可愛いー!
と思っていただけたら
・☆☆☆+の評価ボタン
・フォロー
で応援をいただければ嬉しいです!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます