第37話 新婚ラブラブ生活だったのに!

「近衛さんが、同じ家に住む!?」


 透は知香の発言に、ぎょっとした。

 

 名家の令嬢である知香が、男と一つ屋根の下で暮らすなんて許されないだろう。


 いや、婚約者だったときは同じ近衛家の屋敷に澄んでいたが、それは子供の頃のことだし、親も認めていた。

 今は違う。

 

 それに、透は愛乃と一緒に住んでいる。

 

 愛乃が首をかしげる。


「あの家は、わたしと透くんのために用意してくれたんでしょう?」


「そうよ。でも、近衛家が用意したものだもの。近衛家のものは、つまり私の家のものということ。私が住んでも何もおかしくないわ」


「そうかなあ。近衛さんのお父さんとか、女性の秘書の人……時枝さんも許すとは思えないけど」


 愛乃も、透と同意見のようだった。

 近衛家にとって、知香の価値は圧倒的に高い。


 本家の当主の一人娘であり、将来は近衛家を担うべき人間でもある。

 それだけの優秀さも知香にはある。


 透や愛乃のような、ただ利用される存在とはわけが違う。


 第一、もっと重要なことがある。


「近衛さんが、いまさら元婚約者の俺を気にする理由がわからないな。近衛家と近衛さんは、俺を屋敷から追い出した」


「私が追い出したわけじゃないわ。お父様が決めたことだもの。……私は、反対したの」


 知香の言葉は意外だった。透は、てっきり知香も透との婚約解消に積極的だったと思っていた。

 透はためらいがちに尋ねる。


「俺はてっきり知香に嫌われていると思っていたけど」


 知香ははっとした顔をして、そして、一瞬嬉しそうな表情をした

 それから、顔を赤くする。


「いま、私のことを『知香』って呼んだでしょ?」


「ああ、ごめん。つい昔のくせで」


「いいわ。許してあげる。……私は、あなたのこと大っ嫌いだけどね」


「そうだろうね」


 透が言うと、知香は頬を膨らませて、透を睨んだ。

 やっぱり、透が知香から憎まれているという事実は変わらない。


 それでも、透は動揺しなかった。以前なら、知香を見かけるだけでも、自己嫌悪に襲われたのに。


 それはきっと、愛乃がいてくれるからだ。


 愛乃が横から口をはさむ。


「わたしは透くんのこと、好きだけどなあ」


 愛乃は優しく微笑んで、知香に言う。

 知香は愛乃を睨み返した。


「あなたに私と透の何がわかるの?」


「その言葉、そっくりそのまま返してあげる。近衛さんに、わたしと透くんのことを邪魔する権利はないよ」


「あるわ。私は元婚約者だもの」


「だから、元婚約者が幸せになるのは許せないの?」


「そ、それは……そうよ! 悪い?」


「ふうん。だから、わたしたちを見張りに来るんだ? エッチなことをしないようにさせたいんだよね?」


「そうしないと、リュティさんは透の子どもを妊娠しそうだし」


 知香がとんでもないことを言う。

 まだ生徒が多くないとは言え、ここは学校の廊下だから、他の生徒に聞かれたらと思うと冷や汗ものだ。


 愛乃は、青いサファイアのような瞳で、知香を見据えた。


「それは近衛さんの本音じゃないよね? 本当は近衛さんが透くんと一緒のお風呂に入って、一緒のベッドで寝たいんだ? 違う?」


 知香は一瞬、目を伏せ、そして、深呼吸した。

 そして、愛乃に問いかける。


「もし私がそうしたいと言ったら、リュティさんは譲ってくれるの?」


「絶対に譲らないよ? 透くんと一緒のお風呂に入るのも、一緒のベッドで寝るのも、わたしの特権だもの」


「なら、その特権を奪ってあげる。今日からあなたたちの家に行くから……見ていなさい!」


 知香はそれだけ宣言すると、踵を返した。そして、足早に立ち去っていった。


 近衛家が知香を止めなければ、本当に知香は家に来てしまう。

 そうなったら、透にも愛乃にも、反対する権利はないのだ。

 

 近衛家が用意した家なのだから。


 だが、愛乃は困った様子もなく、面白そうな表情を浮かべていた。

 そして、透をちらりと見て、くすっと笑う。


「せっかく二人きりの新婚ラブラブ生活だったのに、残念だね」


「ま、まだ結婚していないよ……」


「時間の問題でしょう?」


 愛乃がいたずらっぽく透の瞳を覗き込み、透はたじたじとなった。

 そして、愛乃が白い指で、透の頬をちょんと触る。


 愛乃はとても楽しそうに言う。


「近衛さんに、わたしたちの婚約者らしいところを見せつけてあげないとね?」






<あとがき>


愛乃vs知香のますます激しくなる戦い……!


続きに期待! 愛乃が可愛い!


と思っていただけましたら……


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