第35話 わたしは透くんのものだから
明日夏の言葉は、透には衝撃だった。
もし好きだったら、という仮定の形をとっているけれど、実質的には明日夏が透を好きと言っているのも同然だ。
思いもよらない告白に、透は戸惑う。
明日夏に好かれるような理由が思い当たらない。
明日夏は恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
「最初はね、近衛知香に勝つために、連城に話しかけたの」
「でも、一緒にいるうちに好きになっちゃった?」
愛乃の問いに、明日夏は目をそらす。
「だって……連城は、あたしの話をちゃんと聞いてくれたし……あの完璧超人の知香に勝ちたいって言っても馬鹿にせず応援してくれたもの。あたしのことをちゃんとわかってくれたのは、連城だけだった」
透は、自分が明日夏を理解できていたとは思えなかった。確かに中等部三年のときから、短くない時間を一緒にいた。
けれど、明日夏が透のことを好きだということすら知らなかったのだ。
でも、明日夏の言葉に、愛乃は微笑んで「わかるよ」とつぶやいた。
「わたしも同じだもの」
「それって、リュティさんも連城のことが好きだってことだよね?」
「……わたしはね、透くんのものになったの。透くんも、わたしのものになったの」
愛乃は青い瞳でまっすぐに明日夏を見つめていた。
明日夏が慌てた表情になる。
「それって、連城とリュティさんは……」
「一緒にお風呂も入ったし、一緒のベッドで寝たの。……と、透くんにエッチなことをいっぱいされちゃった」
愛乃は恥ずかしそうに頬を赤く染める。
(ご、誤解をまねく言い方だ……!)
胸を触ったりしたから、半分は誤解ではないのだけれど。
この言い方だと、まるで最後までしてしまったみたいに聞こえる。
透が言い訳しようと口を開けかけたとき、明日夏の黒い瞳に涙が浮かんでいることに気づいた。
「えーと、桜井さん? これには深い事情があって……」
「……連城のバカッ!」
明日夏はそう叫ぶと、涙を指でぬぐい、学校へと走り去ってしまった。
透が呆然と明日夏を見送っていると、隣の愛乃が、透の制服の袖を引っ張った。
「ねえ、透くん」
「な、なに?」
「桜井さんみたいな可愛い女の子から告白されたら、透くんもきっと嬉しいよね?」
「えーと、それは……」
嬉しくないと言えば、嘘になる。まっすぐで、明るく、話していて楽しい明日夏のことを、透は嫌いじゃなかった。
知香に何度も挑戦する姿勢には敬意も持っていたし、愛乃の言う通り、明日夏はかなり可愛い。
もし、愛乃がいなければ、透は明日夏の告白にどう返事をしていただろう?
でも、今の透には愛乃がいる。
愛乃が不安そうに透を見つめる。透は愛乃が何を心配しているかを察した。
「ねえ、わたしは……透くんの婚約者だよね?」
「もちろん。心配しないでも、桜井さんに告白されたから、愛乃さんとの婚約を破棄するなんて、そんなこと言わないよ」
「本当?」
「愛乃さんの力になるって約束したからね」
透がそう言うと、愛乃は嬉しそうに「良かった」と弾んだ声で言った。
透にとって、愛乃はもはや形だけの婚約者ではなかった。
でも、まだ告白もしたわけでもないし、彼氏彼女でもない。
ただ、透にとって、愛乃が大切な存在になりつつあることは確かだった。
願わくば、それが愛乃にとっても、同じであるといいのだけれど。
透は心のなかでそう思い、そして、引き返しがつかないほど、自分が愛乃と深く関わってしまったことに気づく。
「透くん……これからは毎日、一緒に学校に行けるんだよね? 桜井さんでも、近衛さんでもなくて、わたしが透くんと一緒にいるんだもの」
「俺は愛乃さんの婚約者だからね」
」
透はそう言ってから、ためらいがちに、そっと愛乃の金色の髪を撫でた。
愛乃は青い目を見開き、それから嬉しそうに透の手を受け入れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます