第31話 わたしは何をされても困らないよ?

 勢いと流れで、愛乃をベッドの上に押し倒してしまったけれど、この後、透はどうすれば良いかわからなかった。


 愛乃はぎゅっと目をつぶって、何をされてもいいと言っていた。

 薄手のネグリジェ姿の愛乃は、とても扇情的だった。


 もし、その小さな赤い唇に突然キスしたら……。

 愛乃は驚き、そして喜んでくれるだろう。


 愛乃は「次は、透くんがわたしの唇にキスしてくれるように頑張るから」と言っていた。


(でも、キスして良いかといえば……)


 まだ、透は愛乃に告白すらしていない。順番が無茶苦茶だった。

 最初に婚約して、次に一緒にお風呂に入って胸を触ってしまった。


 なら、今からでもちゃんと順番通りにやればいい。

 透が愛乃に告白して、愛乃が受け入れてくれたらキスをする。そして、次の段階へ進む。そうすればいいのだ


(でも、俺にはその勇気がない)


 愛乃に拒絶されたら、愛乃を傷つけてしまったら、と考えると、透は一歩を踏み出すことができなかった。


 知香を失望させた自分が、愛乃を失望させないとどうしていえるのだろう? それに、透は愛乃のことを本当に好きなのか。


 愛乃も家の事情で透との婚約を受け入れ、そして透との関係に積極的だけれど、本当に透のことを好きなのだろうか?


 透は愛乃を本当に大事に思えるときに、そういうことを愛乃とすると約束した。

 なのに、今、雰囲気に流されて、愛乃をベッドの上に組み敷いて、その上に覆いかぶさっている。


 徹が悶々としていると、愛乃が右手でそっと透の頬を撫でた。その手の柔らかさに、透はどきりとする。


 そして、愛乃は透の内心を見透かしたかのように、青い澄んだ瞳で透を見つめていた。


「あのね、透くんがわたしのことを大事にしてくれているのは知っているの。でも……複雑なことを考えなくてもいいんだよ? 透くんのしたいように、わたしのしたいようにすればいいと思うの」


「でも、仮にそうして、例えば、本当に愛乃さんが……そ、その……妊娠しちゃったら、困るのは愛乃さんだ」


「わたしは困らないよ? そうなったら、きっと透くんが守ってくれるもの」


 そう言って、愛乃は柔らかく微笑んだ。


 現実的な話をすれば、透と愛乃の婚約は大財閥の近衛家の意向によるものだから、仮に愛乃が女子高生のまま妊娠しても、近衛家の権力で、学校のこともお金のこともなんとかなってしまうかもしれない。


 もちろん、愛乃を妊娠させないように、そういうことをすることもできるし、そうするべきだろう。


 だけど、問題の本質はそこにはない。

 そうなったら、もう引き返せない。ガラスのように繊細で美しい愛乃が、傷ついてしまうことが、透には一番怖かった。


 透が固まっていると、愛乃が寂しそうにささやく。


「何もしてくれないの?」


 透は困った。たしかに、押し倒したのは透だ。

 それで何もしないというのも、雰囲気的に引っ込みがつかない。

 

 よく考えると、透と愛乃はベッドの上で密着しているし、愛乃の大きな胸の谷間は、透を誘うように魅惑的だった。


 愛乃の右手が透の頬から動き、透の腕を軽くつかんだ。

 そして、愛乃は、透の左手を動かして、自分の胸へと重ねた。


 愛乃の大胆な行動に、透はどきりとする。手のひらのなかの胸の感触が、とても生々しい。

 愛乃は挑発するように、サファイアのような瞳を輝かせていた。

 そして、いたずらっぽく、くすっと笑う。


「透くんって、わたしのおっぱい、大好きだよね? わたしの胸のこと、いつもエッチな目で見ているもの」


「そ、そんなことないよ……」


「嘘つき……。でも、わたしは透くんがわたしのことをエッチな目で見てくれることが嬉しいんだよ?」


 その言葉を聞いて透は愛乃の胸を触る手に、思わず力を込めてしまった。「ひゃうっ」と愛乃が甘い声を出す。


 愛乃がここまでしてくれているのだから、透も勇気を出さないわけにはいかない。

 透は深呼吸する。


「えっと……愛乃さん、胸を触ってもいい?」


 愛乃はぱっと顔を輝かせると、こくりと恥ずかしそうにうなずいた。

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