第26話 愛乃のしたいこと

 透は風呂につかり、ぼんやりと壁を眺めていた。

 一日があっという間に終わった気がする。


 透と愛乃が同棲生活をスタートした一日目は、もう夜になっていた。浴場の壁の時計は午後10時を指している。


 近衛家が、透と愛乃の同棲生活に用意した家は、かなりの豪邸だった。


 円形の浴槽は、大理石かなにかで作られているような立派なもので、余裕で4人ぐらいは入れそうな広さだ。


 そんな風呂を独り占めしているのだから、かなり快適だった。

 こんな贅沢な浴場が用意されているのは、透と愛乃が二人で入れるようにしているかもしれない。


(まあ、さすがにそんなわけにはいかないけれど……)


 透は心のなかでつぶやき、そして、愛乃の発言を思い出す。


 愛乃は知香に対抗心を見せていた。

 そのせいだとは思うけれど、女子高生のうちに透の子どもを妊娠してもいい、なんてとんでもないことを言い出した。


 しかも、透と同じベッドで寝たい、と言って、透も流されてそれを認めてしまった。


(お、俺が気をつけないと……)


 下手をすると、本当に透が愛乃を妊娠させてしまいかねない。

 この家には、透と愛乃しかいない。


 透が理性を失えば、誰も止められないのだ。

 

 透が悶々としていると、突然、浴場の扉が開いた。


 この家には二人しか住んでいないので、当然、そこに立っているのは、愛乃だった。

 愛乃は恥ずかしそうな表情で、バスタオル一枚のみを羽織っている。


「りゅ、リュティさん!?」


「えっとね、してみたかったことを、やりに来たの」


「ど、どういうこと?」


「近衛さんの前で、わたし、言ったもの。同棲したら、透くんと同じお風呂に入ってみたいって」


 そう言われれば、そんなことを言っていたような気がする。

 愛乃がさっき言っていた「してみたかったこと」は、これのことだったのか。


 たしかに、事前に聞かされていれば、透は反対したと思う。


(ベッドの中で何もないようにするだけでも大変なのに、風呂場でも緊張しないといけない……!)


 愛乃の胸の膨らみが、制服を着ているときよりも、はっきりと見て取れる。バスタオル姿だから当然ではあるけれど。


 バスタオルは愛乃の白い脚のごく一部しか隠せていなくて、透はその白い太ももに目が引きつけられる。


 金髪碧眼の美少女が、タオル一枚なくせば裸という姿なのは、透には刺激が強すぎた。


「え、えっと、あまり見つめられると、恥ずかしいかな」


 愛乃は頬を赤くして、小声で言う。

 透は慌てて後ろを向いた。


「ご、ごめん」


「う、ううん。えっとね、連城くんが、わたしに興味があるのは……嬉しいな」


 愛乃は弾んだ声で、透の背後から言う。

 やがて、シャワーの水音がした。愛乃が体を流しているのだと思う。


 つまり、今振り返れば、愛乃はタオルもなしの、一糸まとわぬ姿ということだと思う。

 そして、振り向いて愛乃を見ても、きっと愛乃は透を許してしまうだろう。


 それでも、透はそうするわけにはいかなかった。

 シャワーの音はすぐに止まり、小さな足音がして、やがて浴槽の水がぱしゃっと音を立てる。


「連城くん……わたしも入っていい?」


「ダメって言っても、リュティさんは入るんだよね?」


 透が諦めたように言うと、愛乃がくすりと笑い声を立てた。

 そして、透の背中に柔らかいものが押し当てられる。


 愛乃が背後から透に抱きついていた。一応、タオルをつけ直したみたいだけれど、胸の感触がほとんど直に伝わってくる。


「りゅ、リュティさん……こ、これはダメだよ」


「一緒の家に住んだら、ハグするって言ったよね?」


「そうだけど、それは普通の状態のときのことで……」


「裸のときにするとは思わなかった?」


「もちろん!」


「連城くんは、わたしにこういことをされて嫌?」


「その質問はずるいな……。嫌なわけないけれど……俺が冷静でいられる自信がない」


「わたしに手を出しちゃう?」


「わかってるなら、こういうことをしないでほしいなあ」


「わたしの胸を見ていたくせに」


 いたずらっぽく、愛乃が言う。。

 そして、透に意識させるように、ますます大胆に胸をくっつけた。


 大きな胸が透の背中でたわむのを感じる。

 透は耐えきれなくなって身をよじると、その拍子に愛乃の胸と透の背中がこすれた。


「あっ……んんっ」


 愛乃があえぎ声のような甘い声を出す。


「連城くんのエッチ」


 そして、愛乃は小声でつぶやいた。


 透はものすごく動揺した。

 どうやったら、この状況を無事に切り抜けることができるだろう?


 透は、愛乃をどうこうする勇気はなかった。透は愛乃の力になると約束した。だから、形だけの婚約者になった。


 でも、愛乃のすべてを受け入れて、この先も愛乃を守っていく自信も力も透にはなかった。

 なのに、愛乃は透にすべてを委ねてもいいと言う。


 それぐらい信頼されて、必要とされていることが嬉しくて、透は矛盾した気持ちに悩まされた。


 この場で透は愛乃に何をしても許されてしまう。周囲の状況も、そして愛乃自身もそれを認めている。


 けれど……。


 愛乃の小さな手が透の首に回される。まるで恋人のように、愛乃は透にその華奢な体を委ねていた。


「連城くんがそうしたいなら、わたしの胸、触ってみてもいいんだよ?」


 そして、愛乃は透の耳元で、甘い声でささやいた。

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