第23話 決着?

 愛乃は透と高校在学中に子どもを作っても良いというとんでもないことを言い出した。

 どこまで本気で愛乃が言っているかはわからない。


 でも、愛乃は恥ずかしそうに頬を赤く染め、そして、透の右腕に両手でぎゅっと抱きついた。

 そうすると、愛乃の手と胸で、透の右腕が包み込まれるような感じになる。愛乃の胸の柔らかさに透はどきりとした。


「りゅ、リュティさん……む、胸があたってる……」


「あ、当ててるの……」


 愛乃は目を伏せて、小声で言う。

 透はうろたえた。自分の頬が熱くなるのを感じる。

 

 知香の様子をうかがうと、ほとんど泣きそうな顔で透と愛乃を睨んでいる。


 知香が、透と愛乃の同居生活を快く思っていないのは明らかだった、


 まして「女子高生のあいだに妊娠してもいいかも」なんていう愛乃の発言は、知香には許せなかっただろう。


 知香が冬華に言う。


「冬華さんからも言ってください! 学生のあいだに妊娠なんてダメですよね!?」


「そうねー。避妊はちゃんとしないとねー」


 冬華がのんびりとした口調で言う。知香はそれを聞いて、ますます顔を赤くした。


「そ、そうじゃなくて、高校生のあいだにそういう……え、エッチなことをすること自体、ダメでしょう!?」


 知香の言葉に、冬華が「へええ」とつぶやき、にやりと笑った。

 そんなへらりとした表情をしてもカッコいいのは、冬華が凄まじい美人だからだと思う。


「知香ちゃんは真面目だねえ。まあ、名家のお嬢様だものね」


 からかうような口ぶりで冬華は言い、それから急に真面目な表情になり、透に向き合う。


「透くんー」


「な、何でしょう?」


「リュティさんのこと、大事にしてあげないとダメだよ?」


「わかっています。婚約者なんですから」


 もちろん、透は愛乃と同居しても、手を出したりするつもりはないし、ましてや妊娠なんてさせるわけがない。


 透と愛乃の婚約はあくまで手段で、二人は恋人なわけでもない。

 同じ家に住んでも何も起きないし、何も起こさせない。


 けれど、愛乃は透の言葉の意味を誤解したのか、嬉しそうな顔をした。


 知香はむうと頬を膨らませていた。


「透とリュティさんの同居はお父様が決めたことだから仕方ないけど、でも、何かあったら、私が絶対に許さないから」


「許さないっていわれても……」


 透が肩をすくめると、知香はカッとした様子で、透を睨みつけた。


「元婚約者だもの。私を差し置いて、透だけが幸せになるなんて――許せない」

 

 透はそう言われて、動揺した。透は知香を裏切り、そして傷つけた。

 今でも知香は透のことを憎んでいる。


 知香はきっと心の傷からまだ立ち直れていない。


 それなのに、透だけが愛乃と平然と婚約するなんて、たしかに知香からすれば許せないかもしれない。


 透は知香に対する罪悪感で頭がいっぱいになりそうになった。  


 けれど、愛乃は透の腕をますますぎゅっと抱きしめ、大きな形の良い胸が透に密着する。知香ではなく、愛乃の存在を透は強烈に意識させられた。


 そして、愛乃は知香を……睨みつけていた。


「わたしは連城くんには幸せになってほしいよ? ううん、連城くんのことは……わたしが幸せにするの」


「あ、あなたに何ができるの? 透は――」


「連城くんのこと、近衛さんは『透』って呼ぶんだね」


 愛乃に指摘されて、知香はようやく自分の失態に気づいたようだった。うろたえた様子の知香に、愛乃は静かに言う。


「近衛さんは、連城くんのこと、今でも好きなの?」


「ち、違う。そんなわけない! 私は……」


 そこまで言って、知香は絶句した。

 そして、顔を真っ赤にして、次の瞬間には、部屋から逃げ出していた。


 冬華は「知香ちゃんも可愛いところあるよねえ」とつぶやくと、透たちに手を振り、知香を追いかけていった。

 フォローしに行くつもりなんだろう。


 こんな状況になったのは、透と愛乃を同居させるという話が原因なわけで、だいたい冬華のせいである。


 透と愛乃は顔を見合わせた。

 愛乃が知香を完全に撃退してしまった。


「近衛さん……行っちゃったね」


 愛乃が小さくつぶやく。


「えっと、リュティさんは本当に……俺なんかと一緒の家に住んで大丈夫?」


「透くんだから、一緒の家に住んでみたいな」


 愛乃はそう言って、柔らかく微笑んだ。そして、愛乃は青い瞳を楽しそうに輝かせる。

 

「でも、俺は男で……」


「婚約者だもの。一緒の家に住んだら、毎日でも抱きしめてもらえるよね? それに、時枝さんが言ってたみたいな、一緒のお風呂に入るのもやってみたいかも」


 愛乃は恥ずかしそうに、けれど甘えたような声でささやく。


 透はうろたえて、愛乃から一歩離れようとした。今は透と愛乃は二人きりだし、どうにかなってしまいそうだ。


 けれど、愛乃は相変わらず、透の腕に胸を押し当てていて、透が無理に動こうとしたせいで、透の腕と愛乃の胸がこすれ合う。


「ひゃうっ!」


 愛乃の甲高く、甘い悲鳴に透はびっくりする。

 

「ご、ごめん」


「ううん。平気……これからはもっと恥ずかしいこともするんだものね?」


「そ、そんなことしないよ……」


「でも、わたしは……本当に、透くんの子どもを妊娠してもいいって、思ってるんだよ?」


 愛乃はいたずらっぽく、くすっと笑う。

 その頬は真っ赤で……透のことを潤んだ瞳で見つめていた。

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