第20話 愛乃とハグ?

 冬華は愛乃の質問に、くすりと笑った。


「ごめんね? 心配しないで大丈夫だよ。透くんはあたしの弟みたいなものだから」


「お、弟と抱きしめあったりしているんですか?」


「ただの挨拶だよ。それとも、リュティさんも透くんとハグしてみたりしたい?」


 冬華は完全にからかいモードに入っていた。

 愛乃の白い頬がますます赤くなっていく。


「べ、べつにそういうわけではないです」


「ふうん。本当に?」


「ちょ、ちょっとはしてみたいかも……」


「なら、今ここでチャレンジだよ。善は急げ!」


「え?」


 透と愛乃は顔を見合わせた。そして、愛乃は恥ずかしそうに目を伏せる。

 今ここで愛乃とハグするのは、かなりハードルが高い。


「できない?」


 冬華が愛乃に追い打ちをかける。

 愛乃はためらった様子で目を泳がせる。


 透は助け舟を出そうとした。


「冬華さんは冗談大好きな人だから、リュティさんもあまり本気で考えなくていいよ……」


「あっ、ひどいなあ。あたしは、リュティさんの背中を押してあげているのに。透くんだって、リュティさんみたいな可愛い子のことを抱きしめてみたいって思うでしょ?」


「そ、それは……そうですけど」


 透がそう言うと、愛乃がちらりと透を見て、そして、嬉しそうな、安心したような表情を浮かべた。

 愛乃が数歩歩いて、透の正面に回り込む。


 覚悟を決めたように、愛乃は透を、サファイアのような青い瞳で見つめた。その瞳が潤んでいて、どきりとする。


「えっと、あの……連城くんは嫌じゃない?」


「嫌なわけないし、むしろ……」


「何を言おうとしたの?」


「むしろ嬉しい気がする……」


 透は恥ずかしくなってきた。ちらりと愛乃を見てしまう。

 愛乃の小柄だけれど、可愛らしい体が目に入る。


 もし抱きしめられれば、冬華のときと同じように、愛乃の胸が透に当たることになる。


(冬華さんほど大きいわけではないけれど、でもリュティさんのも……)


 そんなことを考えていたら、愛乃が透の視線に気づいたのか、恥ずかしそうに両手で肩を抱いて胸を隠した。


「また、わたしの胸を見ていた?」


「そ、そんなことないよ」


「時枝さんの胸より小さいとか、考えていなかった?」


 図星だったので、透は一瞬黙ってしまった。愛乃はすねたように頬を膨らませる。


「いいもの。わたしはまだ成長途中だから。大人になったら、もっと大きく……」


 そこまで言って、愛乃は不安そうに上目遣いに透を見た。


「大人になったときも、わたしたち、一緒にいるのかな」


「それは……」


 状況次第だった。愛乃との婚約は、あくまで愛乃を助ける手段だった。

 愛乃の抱える問題が別の方法で解消できれば、愛乃との婚約はなかったことになる。


「わたしは……連城くんにわたしの成長を見ていてほしいな」


 いつのまにか、愛乃は手で胸を隠すのをやめていた。

 代わりに、両手を腕で組、上半身を少しかがませ、透を見上げている。


 まるで、胸を強調しているようだった。ブレザーと白いブラウスの上からでも、形の良い胸が見て取れる。

 愛乃はふふっと笑った。


「やっぱり、わたしの胸を見てるんだ?」


「そうだね。ごめん」


 仕方なく、透が認めると、愛乃はちょっと楽しそうな表情を浮かべた。


「謝る必要はないけど。むしろ嬉しいし……」


「え?」


「な、なんでもない! でも、代わりに連城くんからわたしを抱きしめてくれる?」


 さっきまでは、愛乃の方からハグするつもりだったらしい。

 透としても、胸をつい見たり、冬華と比べたりした負い目がある。


 それに、愛乃が勇気を出すよりは、男の透から行動した方がが良い気もする。


「若いっていいねー」


 などと冬華は無責任に、楽しそうにつぶやいている。

 愛乃はといえば、どきどきした様子で、ぎゅっと目をつぶっている。まるでキスでもされるかのような緊張の仕方だ。


 そういう透も、愛乃を抱きしめるのに、かなり緊張していた。本屋で倒れた愛乃を後ろから抱きしめたことはあるけど、あれは事故だ。


 恋人のようにハグするなんて、今までは考えられなかった。

 でも、もう透と愛乃は婚約者なのだ。

 

 雰囲気的に、すでに引っ込みがつかなくなっていた。


 透が愛乃の肩に両手で触れると、愛乃は「んっ」と甘い声を上げて、身をよじった。


「りゅ、リュティさん、肩を触っただけだから!」


「わ、わかってるけど、恥ずかしくて……ひゃうっ!」


 透が愛乃の背中に手を回すと、今度は愛乃が悲鳴を上げた。といっても、どこか甘くくぐもったような声で、透はどきどきする。


「連城くん……」


 甘えるように、愛乃が透の名前を呼ぶ。


 いつのまにか愛乃は目を開いていて、透を期待するように見つめている。その小さな赤い唇にキスしても、愛乃は受け入れてしまいそうな雰囲気だった。


 もし何もなければ、実際にそうしていたかもしれない。

 

 ところが――。


「へえ、楽しそうなことをしているのね」


 冷たい声がした。

 その場が凍りつきそうなほどの冷たさだ。


 慌てて、振り返ると……そこには、近衛知香が立っていた。

 透の幼馴染で、そして、この近衛家の当主の娘だ。




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