第17話 浮気したらダメだからね?
明日夏はうろたえた表情で、顔を赤くする。
突然、透のことを好きかどうか尋ねられて、明日夏が驚くのは理解できる。でも、それにしても動揺しすぎだ。
「あ、あたしは……」
「どっち?」
愛乃は言葉を重ね、明日夏を見つめている。
(どうしてリュティさんは、桜井さんが俺のことを好きだなんて思ったんだろう?)
透は疑問だった。そして、明日夏が笑い飛ばして否定しないことにも驚いた。
明日夏はうつむき、ためらうように手をもじもじとさせる。
「べつに……あたしは……連城のことを好きなわけじゃない」
「本当に?」
「ほ、本当に決まってるじゃない!」
明日夏が意固地になって叫ぶ。
一応、図書室のなかでも、会話可能な閲覧スペースにいる。とはいえ、もう少し声を抑えた方がいいと透は思ったけれど、とても口を挟める雰囲気ではない。
愛乃はぱっと顔を輝かせ、そしてふふっと笑った。
「そっか……じゃあ、桜井さんに遠慮はいらないよね。わたしはね、連城くんと結婚したいの」
当たり前のことのように、愛乃がさらりと言う。
透はぎょっとしたけれど、愛乃は昨日からそう言い続けていた。ただ、問題なのは、それをクラスメイトの明日夏の目の前で言ったということだ。
明日夏はショックを受けたようで、まじまじと透と愛乃を見つめた。
「本気なの?」
「わたしは本気だよ」
「どうして? リュティさんは連城と付き合っているわけでもなければ、連城を好きなわけでもないんでしょ? なのに連城と結婚するなんておかしいよ」
愛乃は一瞬沈黙し、それから不思議な微笑を浮かべた。
「そんなに変なことかな。わたしはわたしが幸せになるために、一番良い選択肢を選ぶの」
「それが連城と婚約することだって言うの?」
「うん。他の人と結婚させられるより、その方がずっと良いもの」
「でも、そんなのは連城を利用しているだけじゃない! おかしいよ!」
「だから、連城くんにお願いしているの。『わたしと結婚してほしい』って。わたしの望みが、連城くんの望みとなれば、何の問題もないでしょう?」
「で、でも……」
「それにね、わたしも……連城くんのこと、嫌いじゃないもの」
愛乃はそう言って、ほんのりと頬を赤くして、透をちらりと上目遣いに見た。小柄な愛乃は、透をすがるように見つめていて、思わず動揺させられる。
明日夏は、完全にショートしてしまったかのように呆然としていた。
たしかにクラスメイトが突然婚約するといったら、驚くとは思う。ただ、明日夏の焦りと動揺はそれだけではないように、透にも思えた。
透は、明日夏とそれなりに長く一緒にいた。「打倒近衛知香」という明日夏の目標のためとはいえ、他の女子よりは親しいと思う。
だからといって、明日夏が透のことを好きだとは思えない。愛乃はそれを疑っているようだったけれど、明日夏自身が否定した。
それなら、明日夏はいったい、何にうろたえているのか。
その明日夏の手を、愛乃は握った。びくっと明日夏は震え、愛乃は花が咲くような笑顔になる。
「応援してくれる?」
明日夏は、愛乃の小さな手を見つめていた。そして、しばらく何も言わなかった。透ははらはらしながら、二人の様子を見守る。
やがて、明日夏は愛乃の手を振り払った。そして、小さく「ごめん」とつぶやくと逃げるようにその場を去る。
後ろ姿の明日夏の制服のスカートの裾がふわりと翻る。透がぼんやりと遠ざかる明日夏の姿を眺めていると、愛乃にブレザーの袖を引っ張られた。
そして、愛乃は頬を膨らませて、透を睨む。
「桜井さん、美人だものね」
「ええと、それで?」
「見惚れるのはわかるけど……わたしと結婚しても、浮気したら、ダメなんだからね?」
愛乃はまるで透のことを本当に好きで、嫉妬しているかのような表情を浮かべていた。
そのことに、透はどきりとさせられる。
本当のところ、愛乃は透のことをどう思っているのだろう? そして、透自身、愛乃のことをどう思っているのだろう……?
「俺はまだ、リュティさんと結婚するとも婚約するとも決めていないよ」
「そうだね。でも、決めてくれるまでは、わたしは何度でもお願いするから。……わたしと結婚してくれる、連城くん?」
愛乃はサファイアのような瞳を輝かせ、とても楽しそうにくすっと笑った。
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