第16話 愛乃vs明日夏
「き、昨日は……れ、連城くんがわたしと子どもを作りたいって言ったくせに!」
愛乃の爆弾発言は、図書室のなかに響き渡った。
さっきまでは愛乃も声を小さくして喋っていたのだけれど、感情が高ぶったのか、声のトーンが上がった。
結果として、その綺麗な声が図書室によく響く。
透は慌てて周囲を見回した。放課後の図書室の閲覧席の隅に、透と愛乃はいる。
だから、それほど多くの人は周りにいない。けれど、隣のテーブルの女子生徒二人組が顔を赤くして、こちらを見ている。
「りゅ、リュティさん……俺はそんなこと言ってないよ」
「い、言ったもの!」
そうだったろうか?
透は考えた。
たしかに、結婚すれば、透と子どもを作るということになる、とは言った。
ついうっかり愛乃の胸を見て、それから愛乃みたいな美少女になら興味がないわけがないとも言った。
総合すると、近いことを言ったともいえるのかもしれない。
透と愛乃は顔を見合わせた。愛乃の顔は真っ赤だし、透も自分の頬が熱くなるのを感じた。
愛乃は身を乗り出して、そして、透の耳元に唇を近づける。
「昨日も言ったけど……わたしと結婚してくれたら、そういうことをしてもいいんだよ?」
愛乃のささやきが耳をくすぐり、透はどきりとした。愛乃は透から離れると、ふふっと笑った。
透は心の中の動揺を抑え、肩をすくめる。
「やっぱり変な意味で言っているんじゃない?」
「うん、そうかも。だから、わたしと婚約してくれる?」
愛乃に問われ、透は困った。
今日だけで、その質問はもう四度目だ。
「りゅ、リュティさん……もう少し考えさせてほしいな」
透の言葉に、愛乃は微笑んだ。まるで、いずれは透が愛乃のことを受け入れるのを確信しているかのように。
こんなに愛乃が積極的になるとは、透も予想してはいなかった。このままだと、なし崩しに引き込まれ、婚約の件を了承してしまいそうだ。
近衛本家や後見人の冬華が、婚約をお膳立てしたのだから、婚約には何の障害もない。すでに外堀は埋められている。
そのとき、愛乃の後ろから一人の女子生徒が歩いて近づいてきた。
すらりとした美人で、いつもどおり制服を着崩している。クラスメイトの桜井明日夏だった。
彼女はご機嫌斜めという表情だった。そして、そばまで来ると、仁王立ちして、透と愛乃の顔を見比べた。
「桜井さん、どうしたの?」
透がおそるおそる尋ねると、明日夏はジト目で透を睨みつける。
「クラスメイトの女子にセクハラ発言をしている男子を見つけたから」
「俺のこと?」
「リュティさんに、子どもを作りたいとか言ったんでしょう?」
どうやら聞こえていたらしい。愛乃の声はよく通るから、けっこう離れた位置まで響いたのだと思う。
「こ、これには事情が――」
透は言いかけ、そして困った。
いったいどんな事情があれば、クラスメイトの美少女に子どもを作りたいと言うことが正当化されるというのだろう?
「ええと、桜井さん。俺がさ、そんな変なこと、リュティさんに理由もなく言うと思う?」
「それは……普通だったら、連城がそんなこと、言ったりはしないと思うけど……」
それなら、どうして愛乃がそんなことを言ったのかが気になる、という表情だった。
「最近、連城とリュティさん、仲が良いみたいだし……」
明日夏が、不安そうに瞳を揺らし、透を見つめる。
たしかに、今までほとんど話したことがなかったのに、急に親しくなったように見えると思う。
愛乃がくすっと笑う。
「あのね、桜井さん。わたし……連城くんと結婚するの」
ぎょっとして透は愛乃を見つめた。
愛乃は平然とした顔をしていた。
秘密にしておくようにとは言わなかったけれど、まさかクラスメイトの明日夏に面と向かって言うとは思わなかった。
明日夏は、目が点になったかのようにきょとんとしていた。愛乃の言葉が唐突すぎて、頭に入ってこなかったのだろう。
数秒後、明日夏が驚愕の表情を浮かべた。
「け、結婚? 連城とリュティさんが?」
「うん。結婚するんだから、子どもを作ったっておかしくないでしょう?」
「ど、どうして、二人が結婚するわけ?」
透は家の事情だと説明した。近衛本家の関係などは伏せておく。
明日夏は混乱と動揺を抑えきれないようで、手を額に当てて、うつむいた。
「そ、そんなの……おかしいよ。いまどき政略結婚? ありえない……」
「でも、事実として起こったことだから」
「あたしがわからないのは……事実じゃなくて、二人の気持ちだよ。連城とリュティさんはどうしてそんな理不尽な婚約を受け入れられるの?」
明日夏に問われ、透は困った。明日夏の言うことはもっともだ。
近衛本家とリュティ家の事情で、突然、透と愛乃の婚約は決められた。お互いの気持ちなんて関係なしに。
愛乃が口を開く。
「桜井さんは……連城くんのこと、好きなの?」
「え? な、なんで、あたしが連城のことを……」
「なんとなく、そんな気がして」
愛乃は真剣な表情だった。明日夏は少し頬を赤くして目を泳がせた。
「そ、それは……」
「答えてほしいな」
愛乃はその小柄な身体の前で、手を組み……そして、明日夏をまっすぐに見据えていた。
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