第13話 わたしって……可愛い?

 透は考えた。


 そもそも愛乃は、好きでもない相手と結婚するということで、本当に良いんだろうか。


 とはいえ、現実問題として、愛乃にとって、最良の選択は透を婚約者とすることだというのも理解できる。


 愛乃は透との婚約を受け入れると言う。それどころか、近衛本家も、愛乃の母もそれを望むだろう。


 そうだとすれば、問題は、あとは透の意思だけだ。

 

(……俺はどうしたいんだろう?)


 透には、他に好意を寄せている相手がいるわけではない。すでに幼馴染の知香は透の隣にいない。


 そうだとしても、愛乃と婚約するというのは、途方もない話に思えた。

 いくら形だけとはいえ、婚約者である。他に事情がなければ、そのまま結婚するということになるわけだ。


 愛乃は不安そうに俺を見上げる。


「ダメ?」


「ダメってことはないけど、こういうことはよく考えないと……」


「よ、よく考えてるもの!」


「本当に?」


「本当に」


 愛乃はこくこくとうなずく。

 そうは思えない。その場の勢いで言っているだけではないだろうか。


 透はとんとんと指で机を叩いた。


「たとえばさ、俺と子どもを作ることができる?」


 愛乃はみるみる顔を赤くした。そして、透を青い瞳で睨む。


「そ、それってセクハラ……!」


「事実だよ。俺と結婚するってことは、そういうことも起こるってこと。だからよく考えたほうがいいよ」


「……で、できるもの」


「え?」


「連城くんがそういうことをしたいなら、いいよ。も、もちろん、子どもを作るのは結婚してからだけど」


 愛乃はますます顔を赤くして、目を伏せる。透も、愛乃の発言に驚いた。そして、自分の発言の迂闊さを噛みしめる。


 愛乃に躊躇させるつもりが、逆効果になってしまった。それどころか、無理強いして、とんでもないことを口にさせてしまった。


「れ、連城くんはそういうことしたいの?」


 問い返されて、透は困った。目の前には愛乃の小柄な身体がある。青い大きな目は綺麗に澄んでいて、その小さな赤い唇は艶かしく見えた。


 そういえば、明日夏が言っていた。愛乃は意外とスタイルが良いと。透は愛乃の胸元につい視線が行き、その胸の膨らみを見てしまった。

 愛乃がはっとした顔で、両腕で体を抱いて、恥ずかしそうに胸を隠す。


「いま、わたしの胸を見てた?」


「見ていないよ」


「嘘つき」


 透は自分の頬が熱くなるのを感じた。失敗した。

 これで愛乃に嫌われただろうとも思う。

 

 ところが、愛乃の顔には困惑の色はあっても、嫌悪の表情は浮かんでいなかった。

 それどころか、やがて愛乃の顔に少し嬉しそうな笑みが浮かんだ。


「連城くんも……男の子なんだね」


「知らなかった? 俺は馬鹿な男子の一人だよ」


「あのね……連城くんって、いつも何にも興味がなさそうな顔がしてるから、女の子にも興味がないのかと思ってた」


「そんなわけないよ。相手がリュティさんみたいな――」


 リュティさんみたいな美少女なら興味がないわけない、と透は言いかけて、これは失言だと思った。

 恥ずかしいし、そもそも透なんかに容姿を褒められても、愛乃は喜ばないと思う。


 けれど、愛乃はいたずらっぽく目を輝かせた。


「わたしみたいな? 続きは何を言おうとしていたの?」


「忘れてよ」


「ダメ。気になるもの。言ってくれないと、わたしの胸を見ていたこと、許してあげない」


 からかうように、愛乃が言う。透は肩をすくめた。

 どうしたものかと考えて、言わない方がまずいな、と思う。観念して、透は小声で言う。


「リュティさんみたいな美少女なら、興味がないわけないって言おうとしたんだよ」


「そ、そっか。わ、わたしって……可愛い?」


「世の中の男の99%は可愛いと言うと思うよ」


「他の男の人の話じゃなくて、連城くんから見て……可愛いかを聞いているの」


「そ、それは……可愛いと思うけど」


「どのぐらい可愛い?」


 透は投げやりになった。今更引き返せない。もう思ったとおりのことを言うしかない。


「学校で、一番か二番かというぐらいには可愛いと思うよ」


「ふ、ふーん。そうなんだ……」


 言葉はそっけなかったけれど、愛乃は照れたように手をもじもじとさせた。

 透も恥ずかしい。どうしてこんな話になったのだろう?


 愛乃は、何かに気づいたかのように、目を瞬かせる。


「『学校で一番か二番』ってことは、わたしと同じぐらい可愛いと思っている子が、他にいるってこと?」


「それは……」


「近衛知香さん?」


 愛乃の問いに、仕方なく透はうなずいた。嘘をつくわけにもいかない。

 愛乃は「そっか」と短くつぶやくと、少し不満げに透を見る。


「近衛さん、すごい美人だものね」


「そうだね。まあ、でも、もう俺とは関係のない人間だよ」


 透は淡々と言う。

 愛乃はじっと透を見つめた。


「ねえ、連城くん。……近衛さんと、昔、何があったの?」


 透は……一番触れられたくないことを質問されて、息を呑んだ。

 そのとき注文の商品が届く。アイスココア、ソフトクリーム付き。


 思ったよりも……甘そうだ。愛乃はぱっと顔を輝かせる。

 タイミングが良い。


「溶けないうちに早く食べよう」


 透は言った。


(これで……ごまかせるかな)


 けれど、そうは問屋が卸さない。

 愛乃ははっとした表情で、透を睨む。


「ご、ごまかそうと思ってもそうはいかないんだから!」


「俺と近衛さんのことを知ってどうするの?」


「だって、わたし、連城くんの婚約者になるんだもの。元婚約者のことは知っておきたいよ?」


 言われてみれば、そうかもしれない。いや、まだ透が婚約者になるとは決まったわけではないけれど。

 

 ただ、愛乃の件は近衛グループが深く関係している。そうであれば、知香との関係は、あらかじめ説明しておいた方がよいかもしれない。


 透は重い口を開いた。その事件が起きたのは、三年前のことだった。

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