第9話 北欧美少女vs美人の幼馴染
「も、元婚約者? 近衛さんが、連城くんの婚約者だったの?」
愛乃はびっくりした様子で、大きく青い目を見開いて、知香の言葉を繰り返した。
驚く気持ちは透にもよく分かる。
しかし、声が大きい。
これは秘密中の秘密だった。周りに聞かれるとまずい。
きょろきょろと透は周囲を見たが、幸い昼休みの食堂は騒然としている。
愛乃の声が聞こえるほどの近くには、他の生徒はいなかった。
愛乃は金髪碧眼の小柄な美少女で、知香は黒髪の清楚ですらりとした美人。
どちらも学校全体でも五本の指に入るぐらい容姿端麗だから、注目の的にはなっているけれど、他の生徒は遠巻きに眺めているだけだ。
透はほっとして、それから知香を睨む。
「近衛さん……約束違反だ。学校では、昔のことは秘密のはずだよ」
「あら、別にいいじゃない。家の事情で、私とあなたが婚約者だったのは事実。思い出したくもないことだけれどね」
知香の言葉は、透の心をえぐった。知香にとっては、透と婚約者だったのは、忌まわしい過去なのだ。
わかっていることでも、透にとっては辛いことだった。なんといっても、透は知香に片思いしていたのだから。
透と知香の関係は単なる幼馴染ではなく、複雑だった。
まず、透と知香は従兄妹である。知香の生まれた近衛家は、日本全体でも有数の大金持ちだ。
近衛グループといえば、名古屋で地方銀行・百貨店・自動車部品製造・セラミック産業を展開する大規模企業グループで、東海地方で知らない人はいない。
そして、透の母は、近衛家の出身だった。透が小学生のときに両親が離婚すると、透は近衛家に引き取られた。
だから、透と知香は同じ家で暮らしていたこともある。
そして、透は将来の近衛グループへの貢献を期待されて、知香との婚約を決められた。
いまどき子どもの頃に婚約者を決めてしまったのは、いろいろな特殊事情のなせるわざだった。
近衛家が古い体質の家だったこともあるし、幼い頃の知香はとても病弱だったということもある。
もう一つの理由は、第三者から見ても、子どものころの透と知香は仲が良かったことだと思う。
透も知香も、互いを切っても切れない大事な存在だと思っていた。
透は知香のことが好きだったし、だからこそ知香にふさわしい存在になろうと努力したのだ。
婚約は家の事情で決められた、形だけのものだ。婚約者同士でも、彼氏彼女だとは言えない。
だから、透は、自分自身の力で、知香に好きになってもらいたかった。
けれど、それは上手くいかなかった。最終的に、透は近衛家から追い出され、知香との婚約はなかったことにされた。
それは大事件の結果だったのだけれど、ともかく、透と知香の関係が決定的に壊れてしまったことに変わりはない。
目の前の知香は、その黒い瞳を輝かせ、愛乃を見つめる。
「だからね、私は連城くんのことをとってもよく知っているの。リュティさんと違ってね」
「それで、何が言いたいの?」
愛乃は小さな声で問い返し、知香はにっこりと笑った。
「こんな悪い人と関わるのは、やめておいたほうが良いってこと。連城くんはね、自分のことしか考えていないの。いざというときには、婚約者を見捨てて逃げてしまうような人だもの」
知香は明るく言ったけれど、その言葉には明確な敵意がこもっていた。
たしかに透は、知香にそう言われても仕方のないことをした。それだけ知香を傷つけたのだ。
(知香の言うとおりだ。リュティさんは……俺と関わるべきじゃない)
透は自分のことが嫌いだった。
こんな自分が愛乃と関われば、知香のときと同じように、愛乃を傷つけてしまうかもしれない。
少なくとも、知香の言葉で、愛乃は透に疑念を抱くようになるだろう。
けれど……愛乃は首を横に振った。
「わたしは、連城くんと近衛さんのあいだに何があったかは知らないよ。でも、わたしは連城くんが悪い人だとは思えないな」
小さな声だったけれど、愛乃ははっきりとそう言った。知香の言葉は、愛乃にはまったく響いていないようだった。
知香が大きな黒い目を見開く。そして、わずかに、本当にわずかに、知香は焦ったような表情を浮かべた。
「リュティさんはどうしてそう思うの? 私の言っていることが信用できない? 私はずっと昔からこの人のことを知っているのに」
「だって、わたしが見ているのは、今の連城くんだもの。昔の連城くんじゃないよ。今、わたしの目の前にいる連城くんは、優しい人だもの」
愛乃は微笑んで、そして、恥ずかしくなったのか、少し顔を赤くして、青い目を伏せた。
知香はあっけにとられた様子だった。
透にとっても、愛乃の言葉は新鮮だった。
(そっか……)
知香が知っているのは、昔の透だ。ずっと昔から、子どもの頃から知っているけれど、それは今の透とイコールではない。
逆に、愛乃にとっての透は、今ここにいる透なのだ。
当たり前のことだけれど、その言葉に、透は少し救われた。
あの完璧超人の知香が、珍しくうろたえていた。そして、知香は愛乃をきつく睨む。
「後悔しても知らないんだから」
「わたしは後悔しないよ。わたしは近衛さんとは違うもの」
知香はぐっと言葉に詰まり、やがて余裕の笑みを浮かべた。
「そうね。私は連城くんの幼馴染で、婚約者だったこともあるけど、リュティさんは違うものね」
「幼馴染にはなれないけど、婚約者にはなれるでしょ?」
愛乃はちょこんと首をかしげ、金色の髪がふわりと揺れる。
知香は絶句していた。透も愛乃の言葉が理解できず、硬直する。
愛乃は宝石のような青い目で、透を上目遣いに見つめた。
「連城くんにはね、わたしの婚約者になってほしいの」
【後書き】
これにて一章完結! 次章からは、透を婚約者にしたい愛乃と、断りたい透の攻防戦(予定)です! 遠からず溺愛同棲生活もスタートします……!
「面白い」「続きが気になる」「更新頑張って!」などなど思っていただけましたら
・フォロー登録
・「☆☆☆」+ボタン
で応援いただければ幸いです。続きを書こうというモチベーションになります!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます