第7話 似た者同士?

 透たちの通う講文館は、自由の校風を売りにした進学校だ。だから、昼休みも郊外に出て、コンビニでパンを買ってくることもできるし、飲食店でご飯を食べることもできる。


 一方で、それなりに豪華な学食もあったし、いつも購買にも列が出来ている。

 一学年500人の生徒がいて、中高6学年あわせて合計3,000人の生徒がいるからだ、


 というわけで、愛乃と一緒に昼食に行くとしても、学食に行くという選択肢以外に、外に食べに行くこともできる。


 愛乃は学食の一番高いメニューを奢ると言っていたけれど、奢ってもらうつもりはないので、学食にこだわる必要はない


 ちなみに透は弁当なんて持参していない。作ってくれる人なんていないし、自分で一人分の弁当を作る気にもならないからだ。

 弁当を持ってきていないのは、愛乃も同じだった。


「ということで、リュティさんはどっちがいい? 外に食べに行くか、学食に行くか」


「連城くんの好きな方でいいよ」


 愛乃はそう言って、ちょこんと首をかしげた。流れるような金色の髪がふわりと揺れる。


 いちいち仕草が可愛らしいなあ、と思わず立ち止まりそうになり、透は我に返る。


 今は昼休み。透たち二人は教室の前の廊下にいる。これからお昼を食べに行くわけだ 

 ともかく愛乃は目立つので、立ち止まれば、注目の的となってしまう。


 勢い早足になってしまってから、透は気づいた。愛乃が透の後ろをついて来るのに必死そうだ。

 

 透は男子としては平均的な身長だけれど、愛乃は女子のなかでも小柄な方だ。だから、透が早足で歩けば、当然ついてこれなくなる。


 自分の気の利かなさを呪い、透はペースを落とす。愛乃もそれに気づいたのか、くすっと笑った。


「べつに気をつかってくれなくても、わたしは平気だったのに」


「無理しなくていいよ」


「わたしは無理していないよ?


「リュティさんが平気で無理をしていないとしても、俺が気になるからね」


「ふうん」


 ゆっくり歩く透の横顔を、愛乃が少し嬉しそうに、じーっと見つめていた。

 くすぐったい気分になる。


 透は、愛乃が美少女だから気をつかっているというわけではない。単に、無神経に他人を自分の都合に合わせるのが嫌いなだけだ。


 想像力が欠けているというのは、恥ずかしいことだと思う。「想像力」といっても大それた話ではない。


 愛乃の立場に立って考えれば、透が歩調を合わせなければ、困るのは自明の理だということだ。

 

 そういう視点から見ると、外に食べに行くと、学食に行くのと、どちらが愛乃と……自分のためになるだろう?

 

 学食へ一緒に行けば、他の生徒に騒がれたり、じろじろ見られたりするかもしれない。


 けれど、外に食べに行けば、もっと噂になって勘ぐられることになるかもしれない。


(なんか、デートみたいに思われるのも困るだろうし……)


 そう考えると、学食で一緒にさくっとご飯を食べてしまったほうが良さそうだ。


 透の中でそう結論が出た。それが愛乃を困った立場に置かないことにもつながると思う。


「じゃあ、学食に行こう」


 透がそう言うと、愛乃は素直にうなずいた。

 愛乃は無口で、透のあとを静かについてくる。


 愛乃が教室でも誰とも話さないのは、孤高を気取り、周囲に冷たい態度をとっているからだと思っている人も多い。


 実際、透も、特別な存在である愛乃にとって、周囲のクラスメイトなんて、関心の対象とならないのだと思っていた。


 ただ、今では、透は愛乃に少し違った見方を持っている。


「リュティさんってさ、意外と……」


「意外と?」


「引っ込み思案だったりする?」


 透の言葉に、愛乃はみるみる顔を赤くした。

 そして、透を青い瞳で睨みつける。


「わ、わたしは内気で気弱で臆病な、素直になれない小心者なんかじゃない!」


「誰もそこまで言ってないよ……」


 必死な愛乃に、透はびっくりする。愛乃もはっとした様子で、口を手で抑え、それからさらに耳まで顔を赤くする。


「わ、わたしを……罠にかけたのね!」


「今のは自爆じゃない?」


「そ、そうかもだけど……」


 ううっ、と愛乃はつぶやき、ほとんど涙目になっていた。


 ともかく、透は、愛乃が本当は内気な少女だと確信した。

 強がりで冷たい態度をとっているだけで、本当は気弱なのだということも。


 とはいえ、透はそれを悪いことだと言いたいわけではなかった。ちょっと直球で聞きすぎたかとも反省する。

 愛乃が気を悪くしてもおかしくない。


 透としては愛乃に嫌われても困らない(むしろ距離を置きたい)けれど、愛乃を傷つけるのは本意ではない。、


「俺も引っ込み思案な方だから。それに俺の方が、愛乃さんより、ずっと臆病者だよ」


 これは、単なる愛乃に対するフォローではなく、本心だった。


 透は人付き合いが苦手だ。愛乃と違って、表面上、卒なくクラスメイトと付き合うことはできる。けれど、本質的には内気で、他人に自分の本音を明かさない。

 

 それが自分の良くないところだと透は思っていた。そして、それを変えることができないのも、よく知っている。


 そして、透は臆病者だった。幼馴染の知香を失ったのも、そのせいだ。


 愛乃は不思議そうに透を見つめる。


「そうなの?」


「そうそう。俺は内気で気弱で臆病な、素直になれない小心者だよ。たぶん、リュティさんより、ずっと引っ込み思案だから」

 

 透の言葉に、愛乃はくすっと笑った。機嫌を直してくれたみたいだ。


「つまり……わたしたち、似た者同士なんだ」


 愛乃は小さく、けれど嬉しそうにつぶやいた。

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